円堂さん受け

□lesson
1ページ/1ページ



キャプテンとして最後まで業務を果たした神童の、腑に落ちないような別れの挨拶に返事をし、円堂は大きく伸びを一つした。
家で夕飯を作っていたであろう妻には遅れる旨を伝え、ミーティングルームに鎮座しているテーブルの上には教科書を用意し、後は鬼道の到着を待つばかりだ。
早ければ明日からでも、と教えを乞うた円堂であったが、当の鬼道は見た目通りにスパルタで、早速今日から数学の復習を始めるらしい。
現在彼は席を外しているが、帰って来たらば早々に始めるに違いない。
中学時代を思い出し、円堂は己の不甲斐無さを嘆いた。




「あれっ」
「どうも、来ちゃいました!」

ドアの開いた音がしたので入り口を見遣れば、そこには鬼道の他にもう一人、彼の妹である音無もいた。
想定外の人物を視界に納めた円堂は、思わず首を傾げる。

「どうして春奈もここに?」
「ふふっ、夏未さんに頼まれまして」
「?夏未に?」

先刻電話をしたばかりの相手の名前が上がり、元々大きな目を更に見開いた。

「何でだ?」
「そりゃあ、円堂さんと兄さんが二人っきりになったら…」
「……春奈、それ以上言うといくらお前でも許さないぞ」

その名とは対称的にペラペラと語る音無だったが、今まで黙りを決め込んでいた鬼道により遮られてしまう。
話を中断されても相変わらず楽しそうな妹とは違い、兄は心底不機嫌そうにしている。
それもその筈、折角の想い人との時間を、よりによって味方だと思っていた妹に邪魔されたのだから。
これで機嫌を損ねない方がおかしい。
一方音無は、彼の想像通りに兄の応援をするつもりであったが、暫く会っていない先輩からの頼みには勝てなかったらしい。
相変わらずの落ち着いた、けれどどこか焦りを滲ませた声色は一重に円堂の操を案じていた。
少しばかり過保護な気もするが、彼女はそうとは思わないらしい。
十年前から変わらず恋心を抱き続けているライバルへの牽制だろうか、最悪の事態を想定しての行動は抜かりない。

「まぁ、そう言う訳ですから私のことはお構いなく!」
「ん、あぁ……」

どう言う訳だか欠片も解っていない円堂であったが、話し上手の音無により、その話題は呆気無く流された。
すると、不機嫌の極みにまで達していた鬼道は肩の力を抜き、嘆息してソファーに腰掛けた。

「……一度は習ったところだからな。今日から三日かけて三年の分野までいくぞ」
「えっ!?一年のところだけでいいんだけど…」
「折角なら三国達も一緒に教えてやれ。いいか?松風や霧野と二人っきりになるのは絶対に避けろ。三年がいればまず間違いないからな」

思わぬ課題の増量に反論しかけた円堂だが、元帝国学園総帥の名は伊達ではなく、ピシャリと言い放つ言葉はどこか圧力がある。
決して不利益にはならないそれは、忠告の本心まで読み取れれば納得しか出来ないな、と音無は感心した。
つまり鈍感な円堂だけは一ミリたりとも納得していない訳だが、ゴーグルの奥の真摯な眼差しだけは痛い程感じ取れ、勝てないな、と無理矢理自分を納得させた。
その提案は事実憂さ晴らしも兼ねているのだが、その矛先はあくまで、事の元凶である天馬へ向けてのものだった。

















「二人共、お茶飲みますか?淹れてきますよ」

「いいのか春奈?」

「悪いな」

「いえいえ。あ、兄さん。私が居なくなるからって円堂さんに変なこ…」

「やらん!俺をどこぞの変態赤髪と一緒にするな!!」
 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ