円堂さん受け

□貴方に。
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「監督!テスト週間で部活がない間、勉強教えてくれませんか?」
「てっ…天馬!?」

いつものように部活を終えると、片付けを疾風の如くスピードで終えた天馬は、愛しの監督の元へと駆け寄った。
どうやら事前にこの切り出しを考えていたらしく、見事に爽やかな笑みまでも浮かべて言い放った。
ちなみに、部活停止期間開始三日前の出来事である。




いくら雷門がサッカーの名門だとしても、学生の本分は学業である。
革命だ何だに参加していても、他の部活よりも遅めとは言え、テスト一週間前には活動停止となってしまう。

そこで松風少年は考えた。

この一週間、監督と会えなくなるのは嫌だ、と。
手っ取り早いのは用事の取り付けだが、サッカーの練習では本末転倒だろう。
それではどうしたものか、と思案した結果、普段ならば煩わしい年齢差を利用することにした。
義務教育を既に終えた円堂ならば、中一の勉強を教えてくれるだろう、と。
それが天馬の考えだった。


しかしそこで黙っていないのが他の部員である。
羨ましい、それを通り越して妬ましい、と言う視線が痛いくらいに背中に突き刺さる。
それにも気付かないフリをした天馬は、円堂との距離をほどき、少々大袈裟に困ったように眉尻を下げた。

「駄目ですか?」
「あっ…いや…駄目って言うか何て言うか……」

困ったような表情を作れば、円堂はあから様に慌て出した。
彼が教え子の頼みに弱いことは、本人達が一番実感していた。
自分よりも優先しようとする気遣いは内心嬉しくもあり、一人の男としては複雑でもあった。
出来る限りのことを与えようと焦る彼は、普段の落ち着いたイメージと駆け離れて幼い。
その様子を見ていた部員は、天馬に殺気を送るのも忘れて魅入る。

「……あのな天馬。俺、勉強苦手なんだ……教わるなら鬼道に頼んでみたらどうだ?」
「「「「えっ?」」」」
「な?天馬、それがいいんじゃないか?」
「そっ…そんな!!」

名案を思い浮かべたと言わんばかりの晴れやかな表情の円堂とは対照的に、天馬は一気に血の気が失せる。
思わぬ名前が飛び出て焦り出した。
サッカープレイヤーとしてならば純粋に尊敬出来る相手だが、同時に強力な恋敵でもある。
天馬の交渉が成功した暁には便乗しようと虎視眈々と狙っていた他の部員も、思わぬ展開に絶句する。
会話に混ざるタイミングを完全に見失った神童が、チラリと視線を件の人物に向けてみれば、彼はゴーグル越しでも判るくらいに剣呑な表情をしていた。
思わずヒクリと顔が引き攣り、充分に距離が開いているにも拘らず後退った。

「なぁ、鬼道には俺から言うから、それじゃ駄目か?」
「っ!!!!」

こてん、と小首を傾げられてしまえば言葉が詰まる。
身長差故、彼なりに視線を合わせようとしているのは解っているのだが、それでも好きな相手の愛らしい姿に何も言えなくなるのは男として当然だろう。
成人男性に対するこの評価が、普通ならばおかしいのはこの際置いておいて。


そしてかくいう円堂は、学生時代から勉強が大の苦手であり、何とかこの案を通そうと必死である。
尊敬の眼差しを向けられているのを自覚しているからこそ、教え子のイメージを崩したくはなかった。
彼とて人の子、相手に好意的に接せられて嬉しくない筈がない。
尤も、熱い視線に込められた感情は、それだけではないのだが。

「なぁ、てん…」
「違うんです監督!」
「……へ?」

そろそろ大詰め、と言わんばかりに円堂がもう一歩足を踏み出したとき。
想い人が至近距離にいる状態に我慢出来なくなったのかは定かではないが、突然天馬が叫んだ。
一年の思わぬ絶叫に、目の前にいた円堂は呆然とし、いつの間にか傍観者と化していた他のメンバーは固唾を呑んだ。
興奮しているのか、肩で荒く息をしている少年は、周りが見えていないかのように纏う空気を一変した。
何と言うか、羊の皮を被った狼のように飢えた目をしている。

「監督が良いんです!て言うか監督じゃないと駄目なんです!!ぶっちゃけ勉強を教えて貰うのは都合のいい建前で、監督と一緒に居られればそれでいいんです!!!!」

何とも馬鹿正直な言い分に、一部は呆れ、また一部は戦いた。
そして渦中の人物は、見覚えのあるその瞳に知らず知らず恐怖した。
主に同じポジションの後輩やら、無邪気に笑った年少のストライカーやらとダブる。
試合中とはまた違うが、闘志に燃えたその瞳に気圧されたように、思わず身動ぐ。

そして悟った。

自分はもう逃げられないのだ、と。

















「……と言う訳で鬼道、俺に中1の数学教えてくれ」

「まさか九年経ってもこんなことになるとは思ってもなかったぞ」

「あの時はその場凌ぎだと思ってて!!今になってこんなことなるならあの時もっと勉強しとけば良かった!!」

「………………(まぁ、二人っきりになる口実が出来たのは有り難いな)」
 
 

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