テニプリ

□木手 1
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「あ…えっと…」

「なんかあったのか?」

「ううん、何にもないよ?じゃ!」

一刻も早くこの場を去ろうと、辺見に背を向け走り出した。

走り出したつもりだった。

「待てよ」

その場を離れられなかったのは、辺見に腕をしっかりとつかまれていたからだった。

「何にもないって顏じゃないだろ?」

「辺見くん、ホントに」

「お前さ、頑張りすぎなんだよ」

「え…」

その言葉に、逃げようとしていた体がピタリと止まった。

「テニスのこと一生懸命勉強して、毎日よくやってるよ」

それは、名無しさんが聞きたかったセリフ。

部外者の辺見に言われるとは、夢にも思わなかった。

「あ…」

その言葉に、名無しさんの中の力がふっと抜けたような気がした。

一番言って欲しい人からの言葉ではなかったけれど。

止まっていた涙がぽろぽろと、また名無しさんの頬を伝う。

「だから…泣くな」

辺見の手が、名無しさんの頬に伸びてきたその時。

「何をしているんです?」

聞き慣れた声が、背中から聞こえた。

振り向けば髪の少し乱れた木手が、鋭い目でこっちを、正確には辺見をにらんでいる。

「何って」

「きみはテニス部のマネージャーです。こんなところでサボってる場合じゃないでしょう」

「おい」

木手の言葉に反応したのは辺見だった。

「サボってねぇよ。それより、こいつを泣かせたのお前だろう、木手」

「なんの事です?仮にそうだったとしても、辺見には関係のないことです。…行きますよ、名無しさん」

え…今、名前…。

いつもは「苗字」と呼び捨てなのに。

ぐいっと手を引かれ、更に肩を抱かれる。

何か言いたそうな辺見と目があったが、「ゴメン」言うのが精一杯だった。


「ちょ、ちょっと木手!」

「…………」

「離して!」

がっちりと固定されて動かない体が、いきなり壁に押し付けられる。

「きゃっ…!」

強引な振る舞いをする木手に、モンクを言おうと見上げた先にあるはずの顏が…ない。

ないと言うより、なぜだか視界がきかないし、なにより声が出ていない。
かわりに唇に感じる、柔らかい感触。

ちゅっ。

「可愛い泣き顔を他の男に見せるなんて…許しませんよ」

そんな言葉にはっと我に返ると、至近距離に見える木手の顏…って、ちゅって、ちゅって!!

「なっ…んんっ…!」

驚く名無しさんに関係なく、木手の唇が名無しさんに触れる。

離れようと首を振るが、顎をがっちり捕まれて逃げることもできない。

苦しくて開いた唇から、木手の舌がするりと入ってくる。

「んっ…んん…はぁ…」

逃げる名無しさんの舌を絡めとり、口腔内を余すところなく舐めまわす。

「やっ…離し…て」

混乱する頭は、状況を判断することなんてできない。

とにかく離してほしくて身をよじろうとするが、ピクリとも体が動かない。

そう言えば誰かが、テニス部員は沖縄拳法の達人揃いだ、って言ってたなぁ…なんてぼんやり思い出す。
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