テニプリ

□手塚 1
2ページ/2ページ

「……だけだ」

「え?」

「おまえにだけだ」

背中に回っていた左手が、優しく頬を包み込む。

思ったより暖かいな……と、ぼんやり思っていた名無しさんの唇を、柔らかい感触が包み込んだ。

「……?!」

それが手塚の唇だと気づき、反射的に離そうとした体を抱きしめられる。

「んっ……!」

苦しくなって開いた唇から、手塚の舌がするりと入ってくる。

「ふっ……んぁ……」

逃げようとする舌を追われ、絡め取られる。

ぴちゃぴちゃと教室に響く水音に、甘えたような吐息。

やっと離されたときには、名無しさんは立っていられず、気づけば手塚に寄りかかっていた。

「大丈夫か?」

低い声でそう言われ、はっと我に返る。

ドアップで飛び込んでくる整った顔に、湯気がでそうなほど顔が熱くなる。

「だだ、大丈夫なわけ……ない……」

直視できなくて目をそらすと、額にちゅっと言う音とともに唇が落ちてくる。

「かわいいな」

クスッと笑う余裕の手塚に、名無しさんは唇を尖らせる。

さっきまでいっぱいいっぱいだったくせに……。

「展開早すぎ」

何となく悔しくなってぽそっとつぶやくと、またそっと抱きしめられた。

「イヤだったか?」

ちょっと心配そうに聞く手塚に、名無しさんは腕の中で小さく首を横に振る。

安心したようにぎゅっと腕に力を入れる手塚の背を、名無しさんもゆっくりと抱きしめたその時。

「……もうこんな時間か」

突然響いたチャイムに、手塚が苦い顔をしてつぶやいた。

「……うん」

「名残惜しいが……部活にいかなきゃならない」

「……うん」

そう言いながらも、なかなか離れられないでいる二人の耳に、廊下を歩くいくつもの足音が聞こえてくる。

「ケータイの番号を教えてくれ。部活が終わったら連絡する」

「うん」

お互いに連絡先を交換すると、手塚は教室を後にした。

「……ふぅ」

あまりの急展開にまだ頭がついていかず、名無しさんはその場に座り込んでしまった。

手塚くんに告白された挙げ句……キスまで……。

さっきまで起こっていたことが全て現実とは思えず惚けていると、手の中にあったケータイが鳴り出す。

「きゃ」

慌てて落としそうになったケータイを握り直し、画面を見ると、さっき登録したばかりの名前が流れている。


『まだ夢を見ているようだ。明日になったら覚めてしまいそうで、少し怖い。たとえそうだったとしても、苗字を好きな気持ちは変わらない。また後で連絡する。これが現実だと言うことを祈っている 手塚』

絵文字も何もない、文字だけのメール。

それでも手塚の気持ちがきちんとわかって、とても嬉しくなった。

もちろん、そのメールに返事をして、名無しさんは家路につく。

早く部活終わらないかなぁ。

っていうか、教室で何やっちゃったんだ、ワタシ!!

今更ながらに恥ずかしさがこみ上げてきて、汗が噴き出てくるほど顔が熱くなってくる。

か、帰ろ……

ポケットに入れたケータイをそっと握りしめ、にやけそうになる顔を何とか引き締めると、名無しさんは家路についた。
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ