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□離れたくない長谷部
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「長谷部」
「はい」
書類作成もひと段落ついたある夜更け、名無しさんはそこにある気配に声をかけた。
間髪入れずに返ってくる返事に、苦笑する。
「もう休んで?ずっとそうしてるでしょ?」
隣の部屋に続く襖をそっと開けると、背筋を伸ばして正座をした長谷部が現れる。
「どうぞお気になさらず」
涼しい顔をしてそう言う彼に小さなため息をついた。
「主命」第一の生真面目な近侍は、名無しさんが寝るまで…寝てからも側を離れる事はない。
長谷部がこの本丸へ来てしばらくした頃、名無しさんは長谷部に選択を迫った。
他の審神者の所へ行くか、ここへ残るか。
上辺だけの忠誠をみせる長谷部の本心が知りたい。
何よりも長谷部自身の意思で、自分のこれからを選ばせたい。
そう思ったからだ。
信頼していた元の主から、別の人間へ下げ渡されたことがトラウマとなっていることを承知の上で、あえて名無しさんは聞いた。
彼はもう、黙って下げ渡された物言わぬ刀ではない。
それがこの先…例え期限付きであろうと…長谷部が人として生きていく上で自分で取捨選択し、物が言えるきっかけになればいいと思ったのだ。
その言葉を聞いた長谷部はもちろん戸惑い、また下げ渡されるのかと不安と絶望にかられたようだったけれど、最終的にはここに残ることを自分自身で決めた。
その後も長谷部の「主命第一主義」が変わることはない。
ただ、少しずつではあるけれど、自分の意思や意見を言えるようになってきた。
名無しさんは座ったままの長谷部に近づき、その手をそっと取った。
「こんなに冷たくなって…風邪でも引いたらどうするの?」
「ご心配には及びません。そのようにやわな体にはできていません」
ふわりと笑ってそう言う長谷部に、名無しさんもクスッと笑う。
最近はこんな柔らかい表情もできるようになった長谷部に、ちょっと安心もしている。
でも。
名無しさんはそのまま長谷部の両手を自分の両手で包み込み、じっと淡い青紫の瞳を見つめながら言った。
「不安?」
そんな名無しさんの言葉に長谷部の瞳が揺れる。
長谷部は目を少し伏せ、しばらく考え込むように一点を見つめていたけれど、意を決したように顔を上げ、口を開いた。
でも、名無しさんと視線が合った瞬間、目を逸らすのと一緒にそれを閉じてしまった。
頑張って、長谷部。
少しでも伝える勇気が出るように願いながら、名無しさんは握ったままの長谷部の手をきゅっと強く握った。
ハッとしたように顔を上げた長谷部は、少し視線を泳がせながらぽつりとつぶやいた。
「……いたい」
「?」
「お側に…居たいのです」
名無しさんは苦しそうにそう言う長谷部の話しを、手を握ったまま黙って聞いていた。
「不安でないと言ったら、それはウソになります。かと言って、オレが必要だと言ってくださった主の言葉を信じていない訳でもありません」
名無しさんはその言葉に、ゆっくりとうなづく。
「不安だから…お側に居たいのではないんです。本当に…何と言うか…ただお側に居たい…それだけなんです」
「長谷部…」
「ずっと主のお側に居たい…片時も離れたくない」
さっきまで名無しさんが握っていた手が逆に、大きな長谷部の手に包みこまれる。
「だからこうして控えているのは、近侍としてではありません。オレの…意思なんです」
はっきりとそう言い切った長谷部の目から、ぽろりと一筋の雫が頬を伝っていった。