テニプリ
□木手 1
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「本当にきみはダメな人ですね」
メガネのブリッジを押し上げながら、言い放つ木手に、名無しさんは唇を噛み締める。
親の転勤で沖縄に来て半年。
同じクラスになった木手にうまいこと言いくるめられ、テニス部のマネージャーになったのがそもそもの間違いだった。
テニスなんて、やったこともなければルールだって知らない。
専門用語だってなんとか覚え、要領もなんとかわかってきたけれど、こうして怒られることは日常茶飯事。
独特のイントネーションには慣れた。
ただ、自分を見る冷ややかな目には、いつまでたっても慣れない。
「でも」
「なんですか?」
「ワタシだって…一生懸命やってるもん」
すべてが初めてで、さらに新しい環境のなか、名無しさんなりに一生懸命やってきた。
自分からすすんでなったマネージャーではないけれど、最近はやりがいだって感じている。
なのに。
「『一生懸命』と言えば認められると思っているのですか?」
「?!」
「一生懸命なんて、当たり前のことでしょう」
木手はこうやって、名無しさんの努力を砕くようなことを言うのだ。
「そんな甘い考えだから、つまらないミスを繰り返すんですよ」
刺すような視線で名無しさんを一瞥し、練習に戻ろうとした木手に、今までの鬱憤が爆発した。
「…ったわよ」
「?」
「わかったわよ!もう、いい!!」
大声をあげた名無しさんに、振り返った木手がフリーズしている。
どんなに仕事が大変でも、きついことを言われても。
絶対に泣くもんか、と頑張ってきた名無しさんの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちていた。
「?!」
と、同時に、名無しさんはテニスコートから走り去っていた。
なによ、なによっ!
木手のバカ!アホ!トンマ!
初めての土地に、初めての学校。
知り合いも誰もいない上、特有の方言が飛び交うなか、とても心細い思いをしているところにかけられた
「マネージャーになりませんか?」
の声。
戸惑いはあったけれど、名無しさんはとても嬉しかった。
自分に居場所を作ってくれた木手に、迷惑がかからないようにとやってきたつもりだったけれど…もう限界だ。
木手にとっても、ハズレくじだったに違いない。
途中で辞めるのは不本意だけれど、みんなに迷惑がかかるなら辞めた方が…
なんて考えていると、また涙が溢れてきた。
と、校舎の角を曲がったとたん、何かに思い切りぶつかった。
「きゃっ…!」
倒れる…!
弾き飛ばされ、後ろにひっくり返りそうになる腕を、強い力で引き戻された。
「っと!大丈夫か?」
なぜか頭の上からした声に、顏を向けた。
「?!そ、そんなに痛かったか?!」
驚きながら名無しさんを見ていたのは、同じクラスでバスケ部の辺見だった。
「えっ、違うよ!」
「でもお前、泣いて」
はっとして頬を触ると、濡れているどころか、ぽろぽろ涙がこぼれている。