SBR

□桜夢
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政務も落ち着き、少し畑の様子でも見てこようと思ったある日の昼下がり。

通りかかった庭の桜の木に、何かがいる気配がする。

曲者……にしては、まったく気配を消そうともしていないし、何より殺気もない。

ふと、のぞき込むと。

そこには政宗様の奥方・名無しさん様の姿があった。

幹に寄りかかり、すやすやと寝息を立てている。

書を読んでいたようで、その膝の上にはそれが開いたままになっている。

いつもなら好奇心いっぱいに開かれた瞳が、白いまぶたに隠されている。

満開の桜に包まれるように眠る名無しさん様に……オレの目は釘付けになった。


「変わり者」と評判の姫は、屋敷の奥でじっとしているおとなしい女ではなかった。

馬に乗らせれば政宗様やオレにも引けをとらず、剣の腕前も家臣よりも強い。

男勝りであるのかと思えば、茶の湯・華・書画にも通じている。

作法もちゃんと身に付いていて、あの義姫も何も言えないほどだ。



そんな名無しさん様を、政宗様は誰よりも大事にされ、そして愛されている。

名無しさん様も、それは同じ。

本当にお似合いの夫婦だと思っている。

思っているのだが……時々、本当に時々、名無しさん様がまぶしくて仕方のない時がある。

お二人でいる姿を見ていると、ほほえましく思うのと同時に、忘れかけていた何かが胸の奥でちりちりと小さな音をたてる。

それはきっと、気付いてはならないもの。

絶対に。



早くここを離れなければ……

いきなりそんなおかしな焦燥感に駆られ、足を踏み出そうと思ったその時……一陣の風が二人の間を駆け抜けた。

ひらひらと舞い散る桜の花びらの中に、名無しさん様の黒いつややかな髪が、ふわりと舞う。

その光景はまるで……天女が微睡んでいる姿のようにさえ見えた。

羽衣を返さなければ……この人はずっとここにいてくれるだろうか?

そんなことを思いながら、オレはゆっくりと名無しさん様に近づいた。

散った花びらが数枚、まるで髪飾りのようについている。
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