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□処方箋
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バタバタという足音と共にすぱん、と障子が開いた。
名無しさんがそちらへ顔を向けると、明らかに不機嫌な顔の夫・政宗が立っていた。
ああ、またか……。
ある場所に行って帰ってくると、必ず政宗はイライラしている。
「お帰りなさい」
そう言いながら手をさしのべると、政宗はまるで子どものように名無しさんの胸に顔をうずめ、しがみつくように抱きついてきた。
これもいつものこと。
政宗が出かけた先……それは実の母親・義姫の所だった。
幼い頃から義姫は、隻眼の政宗を疎ましく思っていたらしく、ひどく冷たい仕打ちをされていたという。
毒を盛られたこともあったらしい。
それでも政宗にとってはたった1人の母親。
呼ばれれば出かけないわけにはいかない。
しかし、親子関係はよくなるわけでなく……義姫の元から帰った政宗の機嫌は最悪となる。
それに気付いたのは、嫁いで少し経ってからだった。
同じように不機嫌全開の政宗が、いきなり名無しさんに抱きついてきたのだ。
驚きはしたものの、事情は侍女たちからそれとなく聞いていたので、何も言わずそっと政宗の背を抱きしめた。
すると政宗の手が、着物の上から名無しさんの胸を撫で始めた。
それはいつもの濃密な行為を思わせる手つきではなく、赤ん坊が乳を欲しがるような仕草に似ていた。
名無しさんは自分で着物をはだけさせ、そっと乳房をあらわにした。
すると、政宗は戸惑いながらもその乳首を吸い始めた。
乳を飲む子どものように。
名無しさんは何も言わず政宗の背や髪を撫で続けた。
それからというもの、義姫の所から戻った政宗は、真っ先に名無しさんの元に来るようになっていた。
今日も同じように乳首を吸う政宗を抱きしめる。
満足した政宗は……いつもは逆に名無しさんを抱きしめてくれるのだが、今日はなかなか顔を上げない。
名無しさんが不思議に思っていると
「……けねぇ」
「え?」
「情けねぇ……」
政宗が小さな声でつぶやいていた。
「何がです?」
そう言われたのが意外だったのか、がばっと政宗が顔を上げた。
「何がって、おまえ」
「わたしは嬉しいですよ?政宗様が甘えてくれて」
「あまっ……!!」
いつもは「くーる」な政宗が、耳まで真っ赤にしているのが何だかとてもかわいらしい。
ふふっ、と名無しさんは笑い声を立てると、絶句している政宗をその胸に抱き寄せた。
「皆の前では『奥州筆頭』でいなければいけませんが……わたしの前で、それは必要ありません」
そんな言葉に、政宗が着物をきゅっと握ったのが分かる。
「わたしは、どちらの政宗様も大好きです」
そう言うやいなや、名無しさんは政宗に押し倒される。
「っつたく……おまえにはかなわねぇよ」
上に見える、苦笑いする政宗の顔。
そんな政宗の頬に、そっと触れる。
名無しさんにしか見せない、柔らかいほほえみ。
「愛してる……名無しさん」
そんな政宗に、名無しさんは満面の笑みで答えた。
そして、やはり名無しさんにしか見せない男の顔の政宗に、今日も胸をときめかせるのであった。