ふたご姫の部屋

□清らな夜の聖なる歌
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 ホールに戻ると、月の国のプリンセスであるミルキーが星形歩行器に乗ってシェイドの元にやってきた。
「ばぶばぶばぶ〜」
 小さなミルキーはまだ赤ちゃん言葉で、ちゃんとした言葉を話すことができない。彼女の話す言葉が理解できるのは母親のムーンマリアと兄のシェイド、そして彼女と仲のいいファインだけだった。
「ああ、もしかして俺たちを探していたのか?」
 シェイドが問いかけると、ミルキーはコクコクと頷く。
「そうか、それは悪かったな」
「何? なんて?」
「今からプレゼント交換をするらしい。俺たち待ちだったんだそうだ」
「大変。そうだったんだ」
 シェイドはニッと笑う。
「残念だな。お前がどのくらいダンスがうまくなったか見てやろうと思ったのに」
 レインがむっとした顔でシェイドを睨み上げる。
「またそう言うことを言う。ダンスの練習だってちゃんとしてるわよ」
「ふふ……プレゼント交換の後でだな」
「見てなさいよ。びっくりするほど上手に踊ってみせるんだから」
 プリンス・プリンセスたちは、ドレスの上に厚手のコートを羽織り、庭園の中央にあるもみの木の下に集まった。自分が選んだプレゼントを手に持って、円を描くようにシートの上に座る。
 彼女たちの華やかな衣装にもみの木に飾られた色とりどりのイルミネーションが映えて、大地に星を散らしたようだ。
 他の貴族たちはバルコニーに出て、王族の子供たちの美しくも微笑ましい光景を見ている。
 彼女たちは目を見合わせると、全員で声を合わせ、クリスマスの夜の聖なる歌を歌い始めた。子どもたちの清らかな歌声は、澄み渡る夜空に吸い上げられ、そこから人々の上に降り注ぎ、心を清涼なものへと浄化する。
 その歌に併せて、プリンス・プリンセスたちはプレゼントを隣の人に渡し、回し始めた。この歌が終わった時に、手にしていたプレゼントが自分のものになる。
(誰のプレゼントが私のところにくるのかしら)
 レインはちょっとワクワクした。
 何がくるかわからないのがこのゲームのおもしろいところだ。プレゼントが当たる相手が誰かわからないから、相手の好みに合わせると言うよりは、自分のセンス一つでプレゼントは選ばれる。それがワクワク、ドキドキの元になり、クリスマスを大いに盛り上げてくれるのだ。
(私が選んだものも、誰にいくのか……ん? あれ? 私が選んだものって)
 レインが自分の選んだプレゼントを思い出し、ごくごく僅かな疑問を感じ始めたとき、どこからともなく騒々しいほどの声が響いてきた。
「んん? 何?」
 城壁の外の方から大勢の人間の走る足音と、争うような声が聞こえ、徐々にパーティー会場に近づいてくる。
 それに伴って、冷たい北風が吹きすさび、白い小さな粒が舞い飛んだ。
「雪?」
 白い粒を見てそう呟いたレインの額にコツンと何か堅いものが当たる。
「いや、これは雹だ」
「雹?」
 空を見上げると、炭を流したような黒い空の中から白いものが無数に落ちてくる。初め小さかったそれは、やがて砂利ほどの大きさになって、彼らの体を容赦なく打ち付けた。
 わーっという声が聞こえて、明らかにたねたねの国の国民ではない、自分たちと大差ないくらいの大きさの人間が何人も走ってくる。
 それを追って、こちらこそ間違いなくたねたねの国の兵士であろう小さな人々が大勢やってきた。しかし、小さな彼らは降ってくる雹に右往左往し始める。雹が当たれば自分たちだってちょっと痛いのに、たねたねの国の小さな人々にはその大きさから言って、かなりの凶器だろう。
 そのことに気づいたレインがたねたねの国のプリンセスたちの方を振り返ると、シェイドとブライトが体を張って守っていた。
「何!?」
「どうしたんだ?」
 驚いてその場の全員がその1団を見ていると、他の国の住人と思われる子供くらいの大きさの人々が、各国のプリンス・プリンセスたちが持ち寄ったプレゼントをそれぞれの手から奪い取り、持ち去ろうとする。
「あ!! 大変! プレゼントが」
 ファインが慌てて叫んだ。
 兵士やプリンスたちが盗人たちを捕まえようとするが、彼らは異様にすばしこくて誰も捕まえることができない。ようやく捕まえたかと思えば、そこを狙うかのように雹が吹き付けて手ひどい攻撃をしてくるのだ。
 みんなが途方に暮れている姿を見て、レインは一念発起した。
 吹き付ける雹の痛みに耐えながら、ファインのところまで走っていくと、彼女の袖を引っ張り耳打ちをする。
「ファイン。この騒ぎを何とかしなきゃ。どこか物陰に行って、変身するわよ」
「う……うん、そうだね」
 2人は建物の陰に入ってサニールーチェの蓋を開ける。
「ルーチェルルン フォーチュレット」
と、2人同時に呪文を唱えると、まばゆい光の中からクリスタルフォーチュレットが出現する。
 ファインとレインがフォーチュレットに交互に手をかざして「プロミネンス エターナル ミラクルチェンジ」と唱えると2人の衣装が変化した。
 光が2人の体を包み込み、ファインには赤の光の帯が、レインには青の光の帯が巻き付き、髪型、そしてドレスも華麗なものになる。
「さぁて、まずはこの雹を止めなきゃね」
「うん」
「「トゥインクル エターナル ソーラーブルーミッシュ 雹よ、雪の粒になれ」」
 2人の声が重なり言葉が発せられると、その言葉通りに雹は雪に変化した。突然痛みのなくなった天からの落下物に皆は戸惑ったが、兵士たちはこれ幸いと狼藉ものに襲いかかり全員を捕らえた。
「牢屋にぶち込んでおけ」
 体は小さいながらもおそらくは部隊の隊長と思われる人物がそう命令を下したのを聞いて、レインが慌てて止めに入る。
「ちょっと、待って。こんなことをしたのには理由があるんじゃないかと思うのよ。それを彼らから聞きたいの」
「確かにそうね。何の理由もなくこんなことはしないわよね」
 たねたねの国のプリンセスたちがレインの助け船のように声をそろえて言う。
 レインはロープで縛られた、自分と同じくらいの人物の側に近づいて話しかけた。
「ねえ、どうしてプレゼントを取ろうとしたの?」
 その人物はじいっとレインを睨み付けてから、ぷいっとそっぽを向いた。
「なによ、意固地ね。プレゼント、あげてもいいかなぁって思ったのにな」
 見た目同様実際に子どもなのか、レインの言葉に一瞬、目を輝かせる。
「でも、そんな態度だと、あげたくなくなっちゃうわ」
「ねえ、レイン。その言い方、悪役みたいじゃない?」
 レインと一緒に彼女の隣に座り込んでいたファインがぼそりという。
「う……失礼ね! そんなことないわ。悪人じゃないわよ。ちょっとぉ、変な風に言われちゃうから、正直に話してくれないかしら。あなただって、こんな可愛らしい悪役はイヤでしょう」
「……僕たちは、氷の荒野の住人です」
 彼女たちの、言い争っているようでいて楽しげな会話に、勇気を奮い立たせたのか、その人物が口を開いた。
「氷の荒野?」
「はい。1年中氷に閉ざされていて、大地はあまり見られないし、見えても草木1本生えてません。それは、それは寂しいところなんです」
 彼は本当に悲しそうにうなだれる。
 盗人たちの周りを取り囲んでいた各国のプリンス・プリンセスたちはまだ見たことのない場所があるのだと思い知らされた気分だった。
 冷たい氷と、むき出しになった大地は生命の息づかいの感じられない茶色の世界。1年中それが続くというのは、確かに寂しいかもしれない。
 特にファインとレインは前の騒動の時に様々なところを冒険したはずなのに、まだ行っていないところがあるのだと悟った。
「それなのに、このたねたねの国は冬になった今も緑の大地だと聞いて見に来たんです。そうしたら、本当にそうだし、しかもみんな楽しそうで……。俺たちの寂しさなんかわからないと思ったら、無性に意地悪をしたくなって……ごめんなさい」
 子どもたちは一斉に頭を下げた。
 レインはやっぱり理由はあったんだと、胸をなで下ろす。しかも、その解決方法は比較的容易に思えた。
 レインが後ろにいる各国のプリンス・プリンセスたちを振り返る。
「ねえ、たねたねの国のみなさん。この子たちに、たねをあげましょうよ」
「たね?」
「あ! 芝をひんしゅかいりょうしたっていう種だね」
「そう。ある程度の寒さなら、大丈夫なんでしょう?」
 たねたねの国のプリンセスたちは、戸惑ったように顔を見合わせる。
「でも、あれはまだ、どのくらいの寒さに耐えられるかとか、いろいろ未知数で」
「だったら、実験もかねて育ててみてもらえばいいのよ。ちゃんと説明もしてね」
 レインとたねたねの国のプリンセスたちは、寒さに強い芝の種の入った袋を氷の荒野の人々に渡した。
「寒さに強い植物の種よ。ただ、さっきも言ったように、できたばかりで、あなたたちの住んでいるところの寒さにまで対応できるかわからないんだけど、蒔いてみてほしいの。氷の間の茶色の大地が、緑に潤ったら素敵でしょ。これって、氷の荒野に住んでいるみんなへのプレゼントになると思うの」
 氷の荒野の人々は、その袋を手を振るわせて受け取る。
「本当にいいの?」
 たねたねの国のプリンセスたちが笑顔で頷く。
「ええ。でも、本当に育つかはまだわからないから、あまり期待しないで。それでもいいかしら」
「うん、うん。いいです。何でもやってみなきゃ」
「そうそう。何でも、やってみなきゃね」
 氷の荒野の人々は植物の種の入った袋を大事に手に持って、自分たちの場所へと帰っていった。
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