ふたご姫の部屋

□清らな夜の聖なる歌
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 いつもながら派手に落ちたにも関わらず、救助に行った兵士たちに案内されて入城したおひさまの国のふたご姫はかすり傷一つ負ってはいなかった。
 申し訳なさそうにはにかみ笑いをする2人の様子を見て、誰もがひとますホッとして、ティータイムを迎えた。
 以前、プリンセスパーティーにおいて、最もプリンセスらしいプリンセスを選んだときにはそれぞれがライバルだったが、そのときの経験と交流が、逆に彼女たちの、そして彼女たちの兄弟に当たるプリンスたちにも堅い結束を生み出していた。
 久しぶりにこうして集まると、自然に話に花が咲く。
「まったく、あなた方ときたら、その落ち着きのなさはいつまでたっても直らないんですのね」
 アルテッサが僅かな嫌みを込めてそういった。いつもなら「そういうことを言うものじゃない」とたしなめるブライトは、別なテーブルでシェイドやかざぐるまの国のアウラーたちと楽しそうに会話している。
 ちらりとブライトの方を見て、助け船は望めそうにないと早々に諦めたレインとファインは、お互いに目を見合わせて肩を竦めた。
「一体、何に気を取られたんですの?」
 ファインはともかく、そこそこしっかり者のレインが何でもなく操縦を誤ることはないとわかっているアルテッサが訪ねる。
「たねたねの国があんまりキレイだから、つい見とれちゃって」
「そうね。空から見下ろした大地がうっすらと緑色で、この時期なのにキレイでしたわ」
 助け船とばかりにしずく国のミルロが笑顔でそう言った。
「確かにそうでしたわね。緑色の絨毯を敷き詰めたようでしたわ」
「たねたねの国のプリンセスたち。あれは芝生とかではないわよね。芝だったらこの時期、冬枯れてしまって茶色だもの」
 レインが、たねたねのプリンセスたち専用のテーブルの上にいる小さな友人たちに目を向ける。
 彼女たちは、彼女たちの茶器を使って紅茶を飲み、他のプリンス・プリンセスたちのものと全く形は同じなのに、その16分の1程度のクッキーを食べている。
「はい。芝とは同種ですが、寒いときにも緑色であるように品種改良したものなんです」
「すご〜い。ひんしゅかいりょうしたの? ……ひんしゅかいりょうって何? レイン」
 感嘆の声をあげながら、意味が分からなかったファインは双子の姉を見る。
「品種改良って言うのはね、作物などを寒さに強くしたいとかの目的に合うようにその性質を変えていくことよ」
「じゃあ、今回はまさしくその寒さに強いように変えたってことだね」
「そういうことね」
「ますますスゴいよ〜」
 ファインが感動しきりに目を輝かせている。
「でも、まだできたばかりで、実験段階なんです」
「そうなの。でもできたら、その種をいただけないかしら。庭が1年中緑だと素敵だわ」
 アルテッサが言ったのを受けて、他の国のプリンセスたちもたねたねの国のプリンセスたちに種を注文した。
「ちょっと、私が1番ですわよ」
 アルテッサの言葉は、プリンセスたちの楽しげな声に打ち消され気味だった。





 広いホールの中央に飾られたクリスマスツリーを囲んで、パーティーは盛大に繰り広げられていた。プリンス・プリンセスだけではなく、各国の貴族たちも招かれて、とても華やかなパーティーだ。きらびやかに着飾った紳士、淑女たちが歓談、食事、ダンスと思い思いに過ごしている。
 ファインは各テーブルを回り、食事にいそしみ、時折ダンスにかり出される。
 レインも申し込まれたダンスを片っ端からこなし、話しかけられれば笑顔で返していた。
「大忙しだな」
 一息吐くためにバルコニーに出たレインに話しかけてきたのは、シェイドだった。
 振り返ってみると、彼は月の国のプリンスとしての正装を身にまとっている。月の色である黄色を基調とした服に、金糸で刺繍が施され、それと同じ金糸を何本も使って編んだ細い飾緒が片肩から前部にかけてつるされている。薄い黄色と金の衣装が、シェイドの暗い紺色の髪と深い濃紺色の瞳を際だたせていた。
 その姿は、いつもの深く沈む紺色の服装とはイメージが全く違っていて、レインの胸がドキリと高鳴る。
「え? 何が?」
 シェイドがにやりと笑う。
「珍しくもててるじゃないか」
 イヤになるくらい『珍しく』を強調するシェイドに、レインはカチンときた。
「失礼ね。お生憎様。私はいつだってもててるわよ。それに、あなただって、各国のお嬢様たちに声をかけられて、ひっきりなしにダンスを踊ってたじゃない」
 レインはつんと顎を引き上げシェイドから目線を外す。
 レインはパーティーの間、実はずっとシェイドと踊りたくて、声をかける機会を伺っていたのだ。ところが、彼の周りには常に誰か女の子がいて話をしている。しかも次の瞬間にはダンスをするためにホールの中央に出ていってしまうのだ。
 シェイドはあまり笑顔を見せないが、母親のムーンマリアに似て整った綺麗な顔立ちをしているし、性格も自分にだけ見せる意地悪なところを除けば非常に優しくて好青年だから、もてるのは当然だ。
 それがわかっていても、レインは何となく不愉快だった。自分だって一緒に話をしたいし、シェイドと踊りたいのにそれができないことが歯がゆくて、逆に誘われるがままに次から次へとダンスをしていた。
「自分ばっかりもてるとか思わないでね。私だって、引く手あまたなんだから」
「ああ、もてるな。お陰で声をかける隙がない」
「え?」
 レインは信じられない言葉に、パッと顔の向きを戻した。
 そこには、シェイドの暖かな笑顔が待っていた。
 かあっとレインの頬が熱くなる。ダンスで火照った体が、外気の冷たさによって程良く冷えてきたところだというのに、また急激に熱が戻ってくる。しかも、今回の熱は体を動かしたことによって発生する熱ではなくて、体の奥からじわじわと沸き上がる、ホットチョコレートを飲んだときのような甘くてとろける感覚を伴う熱で、とてもじゃないが、ちょっとやそっとでは冷めそうにないものだった。
「な……何言って……」
「ダンスに誘おうにも、手が出せない」
 シェイドは手に持っていたグラスをレインの方に差し出した。
「ーー?」
「あれだけ踊ったんだ。喉が乾いただろう。それなのに、何も持たずに外に出ていったから、体調を崩したかと思った」
 シェイドは心配して来てくれたんだと、レインは気がついた。
 自分を気にして、自分の姿を追い、そして外に出れば、疲れと熱気で気分が悪くなったのではないかと、気遣ってくれる。
「あ……ありがとう」
 レインは差し出された飲み物を素直に受け取った。それは甘さを押さえたレモネードだった。
「外は寒いから暖かいものがいいかとも思ったんだが、ダンスをして喉が乾いたら、こんなものの方がいいかと思ってな」
「うん、ありがとう。おいしい」
 さっきもレモネードを飲んだが、そのときはもっと甘かったと思う。おそらくは気分が悪いのも見越して、甘さを控えたものを特別に頼んだのだろう。
 シェイドのさりげない心使いがレインの心に染みてゆく。
「少し落ち着いて中に戻ったら、今度こそ俺と踊ってくれるか?」
 レインは嬉しそうにふわりと笑う。
「もちろんよ」
 レインとシェイドは並んでレモネードを口にする。さわやかな甘みが、喉だけでなく体も潤すようだった。
 バルコニーの手すりに寄りかかって、庭を見ると、様々な植栽を施された庭園の中央に、大きなもみの木が1本聳え立っていた。もみの木にはツリーの定番の金銀のものや、ラグジュアリー感漂うカラフルなボールに、内側から光を放つファーボール、色が付けられた松ぼっくりや可愛らしい人形やぬいぐるみが飾られ、蛍のような仄かな電飾がさらなる彩りを加えていた。木の根元に敷かれたシートの上には大小様々なたくさんのプレゼントが置かれている。それはプリンス・プリンセスたちが余興であるプレゼント交換で使うために持ち寄ったものだった。
 イルミネーションがきらきらと輝く庭を見ていると、時間を忘れそうだったが、上着を着てこなかった為にさすがに底冷えしてきた。
「そろそろ中に入るか」
 タイミング良くかけられた言葉だったが、レインには名残惜しく思えた。せっかくの2人きりの時間なのに、これで切り上げるのがもったいない。このままずっと、ずっとここにいたい。しかし、それ以上に体は冷えてきた。
「中に入って、俺とダンスをしてくれるんだろう?」
 またしてもレインの心中を察したような言葉に、胸がほわりと軽くなる。シェイドは意地悪も言うけれど、やっぱりどこまでも優しいのだ。
「うん。そうね」
 レインは小さく頷くと、差し出された手に自分の手を添えた。
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