ふたご姫の部屋

□月夜の華
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ムーンマリアに挨拶をした後、他の国の王子や王女たちと共にーーもちろん途中、ファインが食べ物に夢中になり、レインがきれいなものに惹かれてはぐれてしまうという、諸々のハプニングがありはしたがーー露店を眺めて楽しく過ごした。

あたりが暗くなりはじめ、露店の周りに明かりが灯され、天空には星が瞬き、月が空に上った頃、人々の動きが1つになりはじめた。花火がよく見える方向に向かって人の流れができていて、打ち上げが近いことを物語っていた。

各国の王子や王女たちは、貴賓席である打ち上げ会場に向かって開けた王宮のバルコニーに案内された。

豪奢なイスに座り、打ち上げを待つ間、レインは周りを見回した。月の女王も妹のミルキーもいるというのに、シェイドの姿が見えない。これはまだ諍いが続いているという証拠のような気がした。

(シェイドは大丈夫かしら)

彼の静かな濃紺色の瞳を思い出した。

そうして物思いに耽っている間に打ち上げの音がして、大輪の花が夜空に咲いた。続いて2つ3つと花が咲き乱れ、人々からは感嘆の声が上がった。会場では花火師の名前と花火につけられた名前がアナウンスされる。こうして発表されるのだから、花火師たちも力が入るというものだろう。

「きれいね〜」

色とりどりの花にうっとりと見入っていると、突然轟音が鳴り響き、打ち上がった花火の上にそれを打ち消すようないくつもの花火が上がった。美しさの欠片もないそんな状況が何度も続き、どう見ても悪意のある妨害行為であるように見えた。

「一体どうしたっていうんです」

混乱しているみんなの気持ちを代弁するように、宝石の国のプリンセス、アルテッサの声が響く。遠く川岸の方を見ると、地面の上にも花火らしきものが踊り、火柱まで上がり始めた。

「こんなの花火じゃないわ」

「きっと何かあったんだわ」

ファインとレインは顔を見合わせて頷いた。そっとバルコニーを抜け出すと、外へ続く階段を駆け降り川岸へと向かう。

レインは何よりシェイドが心配だった。火柱が上がり、炎が大地を焼くあの中にいて、火傷でもしていたらと思うと、いてもたってもいられなかった。

2人は胸のブローチの蓋を開けて中のプレートを回し、

ファインが「ファンファンファイン」
レインが「ランランレイン」
そして、二人で「プロミネンス、ドレスアップ」

と魔法の呪文を唱えると、彼女たちの姿が光に包まれて、その姿が本物のーー紛れもなく本物なのだがーードレスを着た姫君の姿に変化した。

打ち上げ会場に近づくと、何人もの屈強の男たちが怒声を交えていた。それを月の国の兵たちが納めようと躍起になっているが、まるで効き目はないようだった。

「こんなんじゃあダメよね。ファイン、いくわよ」

「うん、レイン。とびっきりなのをね」

ファインがにっこりと明るい笑顔を見せた。

喧嘩をしている男たちから一番離れた打ち上げ場所に2人はこっそりと近づいた。みんな喧嘩に引き寄せられたのか、そこにはお誂え向きに誰もいない。

「花火を打ち上げたことなんてないよ」

「私だってそうよ。でも、きっとなんとかなるわ」

2人揃って魔法の呪文を唱えてサニーロッドを振るうと、8つの丸い花火玉が出現する。それを打ち上げ用の筒に入れた。

「ドキドキする。ーーうまくいくかな」

「ま、やってみなきゃね」

レインがファインにウインクしてみせる。

再びサニーロッドを振ると点火され、きれいなしずくや月、炎など、各国のシンボルマークが夜空に咲き、花火のようにすぐに消えることなくその場に留まり続けた。

会場は何が起こったのかわからずシーンと静まり返っている。

もう1度2人がロッドを振るうと、お日様の国の花のような太陽のマークがひときわ高い天空に浮かび上がり、あたりを明るく照らす。本当に日の光が降り注いだかのように、ほんのりとした暖かさがあった。

「わあーー」

と歓声が上がり、どこからともなく拍手が打ち鳴らされ、やがて大きな波となって会場を包んだ。

きつねに摘まれたように空を見上げていた花火師たちは、その歓声の嵐に呆然とした。

それから何人かの男たちが顔を見合わせ、他の1団に近づくと、手を差し出した。服装を見た限りでは他の国の花火師たちが、月の国の花火師たちに頭を下げ、握手を求めているようだ。

月の国の花火師たちは当惑していたようだが、シェイドが近づき1声かけると、苦笑いしながらも握手を返した。

「何とか仲直りしてくれたかしら……ね」

レインがファインの顔を見て、にっこりと笑う。それにファインが元気よく頷いた。

レインが再び河原に顔を向けると、シェイドがこちらを見ていた。物陰に身を潜めていたから、彼には見えないと思うのだが、バレたかしらと少し不安になった。

それでもやっぱりよかったという安堵の方が強くて、レインはふっと微笑を残して、ファインを促して、その場を離れた。



城に戻ってきたシェイドがレインの腕を掴んでぐいぐいと温室へと引っ張っていった。

「ち……ちょっとぉ。痛いわよ、シェイド」

温室の中は多くの木々が生い茂り、中央には噴水のある青いモザイクタイルで作られた円形の池が備え付けられている。その池の隣で彼は足を止めた。

振り返った彼の目には、諍いを納めた安堵感ではなく、何故か不機嫌さが潜んでいた。

「し……シェイド?」

「お前たちだな、あの花火、打ち上げたの」

「え……? 何のことかしら」

ふいっとレインは顔を反らせる。

「花火の打ち上げってのは、資格が必要なくらい危険なんだぞ。それを自分たちで……なんて!!」

「う……でも、なんか険悪ムードで、ああでもしないと丸く収まらないかと思って」

シェイドはフウッと溜め息を吐いた。

「やっぱりお前たちか」

「あ……!!」

レインはバツが悪くて、慌てて両手で口を塞いだ。

「ごめんなさい。でも、シェイド、大変そうで……いろいろ心配で」

シェイドは目を見開いてレインを見た。

「俺が……?」

「あ……と……、やっぱりみんなで楽しくやらないとね」

困ったように笑うレインを、シェイドは眩しそうに目を細めて見る。それから、彼女の頭を引き寄せて、その肩を抱いた。

「俺にとっては、お前が心配だ」

レインの胸がドクンと高鳴る。シェイドの肩から自分の額に伝わる彼の温度、間近だからこそわかる彼の爽やかな香りに酔わされた。

(ごめんね、ファイン。今だけ、今だけね)

ちょっとの罪悪感を覚えながら、頭を撫でる手の優しさに、レインの心には穏やかなさざ波が打ち寄せてきていた。



end
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