ふたご姫の部屋

□清らな夜の聖なる歌
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 おひさまの国の城下で最も賑わいのある商店街では、クリスマスまで1ヶ月となった日から、毎年クリスマスマーケットが開かれる。それに併せて、街路樹はもちろん建物や街灯に至るまで、とにかくあらゆる所が雪の結晶や星などのクリスマスらしいオーナメントで飾られて、さらに華やかになる。
 町の中央の円形広場には、大小さまざまな屋台が建ち並び、クリスマスツリーの為の飾りを初め、クッキーやケーキ、ロウソクや日用品などがところ狭しと並べられている。
 そんな賑わいを見せる町中に繰り出したレインとファインは、きらびやかな賑わいの片隅にある小さな雑貨店で可愛らしい商品たちに目を輝かせていた。
 その店は人一人がようやく通れる程度の木製のドアと、ショーウインドウを兼ねたガラス張りの部分だけという間口の狭さから、中もごくごく小さな店かと思いきや、奥行きがある上に、奥の方で左右にも広がっていて、店内はかなりの広さを誇っている。
 クリスマスパーティーで使えそうなコップや皿を初め、ペーパーナプキンなどの絵柄もすっかりクリスマス仕様になっている。小さなサンタやトナカイの置物も陳列されていて、とにかく目移りするほどの可愛らしい小物の数々だった。
「うわぁ。これかわいいよ、レイン見て」
 ファインが頬を紅潮させて興奮気味に言う。
 レインはファインが手に持っているトナカイの絵が描かれたコースターを見て目を輝かせた。
「本当! すごい素敵ね」
「あ、あっちにもかわいいのがあるよ」
 ファインはパタパタと店の奥に走ってゆく。
「ファインってば待ってよ。もう〜、あの子、今日の目的を忘れちゃいそうね」
 2人はクリスマス・イヴの日に各国のプリンス・プリンセスが一堂に会して行われるクリスマス・パーティー用のプレゼントを買いにきたのだった。正直、1ヶ月も先の話で、まだまだ気が早いとは思うのだが、ファインもレインも待ちきれずに町に繰り出していた。
 レインはハンカチや手袋、マフラーなど、この時期のプレゼントとしては定番のものから、写真立てや小物入れなどの普段にも使えそうなものまでをゆっくりと見て回る。時折、ファインの呼ぶ声が聞こえたり、またはわざわざ見せにやって来るのに短く返事をしながら、いつの間にか店の奥までやってきていた。
 レインは店の突き当たりの窓際で、木製の小さな棚の中段にある、藤色のクッションに乗せられたシルバーのバングルを見つけた。
 細目のスマートなフォルムには溝があり、そこに金銀のラメが入った濃紺の色が塗り込められ、まるで星空のようだ。その中で特にレインの目を引いたのは、その中央部分に飾られた丸く艶のあるものだった。おそらく月をモチーフにしているに違いないそれは、黒い石を透明感のある青白い石が包み込むように配置されていて、見事な三日月とひっそりと隠された月を表現しているようだ。
(うわぁ、なんか……すごい)
 レインは導かれるように、そのバングルを手に取った。
 彼女は自分の手のひらの上にあるバングルの中で、小さいのに確かな存在感を放つ2色の色を持つ石にどうしようもなく惹かれていた。
(まるで月食みたいーー陰に覆われた月ーーエクリプス)
 体が我知らず熱を帯びてくる。静かな輝きを持つシルバーが、レインの指先にひんやりとした冷たさを伝えてきて、夜空のような濃紺が彼女に安らぎをもたらす。そして、ほんのりと輝く月のような石は、レインを異世界へと導こうとしているようだった。
 レインは完全に心ここにあらずの状態でそれに見入っていた。
「レイン、ここにいたんだね。クリスマスプレゼント、もう決まった?」
 さんさんと降り注ぐ陽光のような元気な声に、レインは現実に引き戻されてハッとした。振り返ると、双子の妹のファインが雑貨がところ狭しと置かれた細い通路を縫って歩いてくるところだった。
 レインはとっさに持っていたバングルを棚に戻して、それがファインの目に入らないように背中に隠す。そして、いつものように穏やかに笑って見せた。
「ううん、まだなの。どれにしていいかわからなくて……」
「そうだよね。かわいいものとかおいしそうなものとかがいっぱいあって困るよ」
「そういうファインは決まったの?」
「うん、決まったよ」
 そういって出してきたのは、ケーキの形をしたミニタオルだった。
「なんかかわいいし、おいしそうでしょ」
「そうねぇ。ファインらしいわ」
「これに決めたから、私買ってくる。レインも早く決めて、外の屋台を見ようよ〜。クッキーとかいっぱい売ってたよ」
 おいしいものに目がなくて、一時もじっとしていられない妹にレインは苦笑いを浮かべる。
「わかったわ。私もすぐに決めるから、先に外に行ってていいわよ。でも、店の近くにいてね」
「わかった! すぐ来てね」
 1年に1度のクリスマス・パーティーよりも、ファインには目先のクッキーの方が大事らしい。
 おそらくパーティー当日に、他の人からもらったプレゼントを見て自分が送ったプレゼントについて盛大に後悔するのだろうが、その時にはもはや取り返しがつかない。それが目に見えているからといって、今ここで、レインが「本当にそれでいいの? もっと考えた方がいいんじゃない?」と言っても、もはや彼女にはクリスマスマーケットのクッキーのことしか頭にないので、無駄なことだった。
 それよりもーー。
 レインは棚の上のバングルをじっと見つめる。他にもシルバーのアクセサリーはあるものの、もはやそれ以外には、レインの目に入ってこなかった。本当ならば、今、彼女が選ばなければならないものは不特定な人物に対するプレゼントなのだが、それについては完全に失念しているようだ。
 これーーと思ったものがあると、他のものが見えなくなったり、本来、ここに何しに来たのかという、行動の本質的なものが見えなくなるのは、ファインもレインも似たようなものだった。やはり双子ということか。
(やっぱり、これにしよう)
 レインはファインが店の外に出ていったのを確認して、レジへと向かう。
(気に入ってくれるかしら。こういったもの、付けてるところは見たことがないけど)
 今すぐに渡すわけでもないというのに、レインの胸はドキドキと高鳴っていた。
(ううん、でも、彼に似合うと思ったからいいわ。これ以外にはありえないもの)
 レインはレジでいくつか出された包装紙を選ぶときにも、何となく青を選ぼうとしながら、しばらく悩んで
金色の、満月の色を選んだ。





 レインは、自分の部屋に据えられた水色のドレッサーの上に、金色の包装紙に包まれ、サテンのリボンで結ばれたプレゼントを置いて、いつも眺めてはほんわりと暖かい気持ちになっていた。
 レインは目を閉じて、渡すところを想像してみる。プレゼントを渡すのは、当然クリスマス・イヴの日だ。
 素敵なオーナメントをたくさん付けた大きなもみの木の下で、レインがその小さな箱を持って立っていると、彼女の待ち人であるシェイドがやってくる。
「レイン。俺に何か用か?」
 いつも通りの素っ気ない物言いだが、この日ばかりはさすがに喧嘩する気にはならなかった。
「そんなの、今日はクリスマスなんだから、用があるに決まってるじゃない」
 それでもレインはつい突っ慳貪な言葉遣いをしてしまう。レインはそれを心の中で悔いながら、ツンとそっぽを向いた。
 そうしながら、レインはシェイドの方にプレゼントを突き出す。本当に素直じゃないなと自分でも思うが、シェイドに対しては、どうしても態度を改めることができなかった。
「これって、もしかしてクリスマスーー」
「そうよ、プレゼントよ!」
 「ん!」と言ってシェイドの胸にプレゼントを押しつける。
「開けてもいいか?」
 シェイドは穏やかな口調でそう聞いた。
「……うん」
 レインがこくりと頷いたのを確認してから、シェイドは包み紙を開く。金色の包み紙の中の白い箱を開け、そこに入っているバングルをみた。
「これを……俺に?」
「うん。似合うかな、と思って」
「スゴい、キレイだな」
 シェイドは優しい笑顔でレインを見つめ、彼女を引き寄せてーー。
 レインはハッとして、慌てて現実に戻った。頬のあたりが異様に熱くなっている。
(イヤだ、私。何想像してるの。相手はシェイドなんだから、そんな……いい雰囲気になるわけないじゃない)
 頭を冷やすように何度も横に振って、レインは悩ましげな溜め息を漏らした。





 クリスマス・パーティーはたねたねの国で行われることになっていた。
 たねたねの国の王宮の一角に、大きなもみの木があるらしく、たねたねの国のプリンセスたちはその木の下で毎年賛美歌を歌いながら、クリスマスプレゼントの交換をするのだそうだ。それを、今年は各国のプリンス・プリンセスたちも一緒にどうだろうかという話が持ち上がったのだ。
「レイン〜、たねたねの国が見えてきたよ!」
 気球の操縦をするために中央に立っているレインには見えないので、ファインは窓際で外を見て声を上げた。
「じゃあ、もうすぐね」
「うん。クリスマス・パーティー、楽しみだね。プレゼント交換とかするんだよね」
「そうねぇ。プレゼント、楽しみね」
 レインは自分の選んだプレゼントを思い出して、はにかんだ笑顔を浮かべた。自分の用意したプレゼントを彼は喜んでくれるだろうかーープレゼントを買ったその時から、レインの頭の中はそればかりだった。
「あ〜〜〜!! レイン、クリスマス・ツリーがあった。プレゼント交換するための木ってあれだね。スゴいよ。色々飾り付けされててキレイ〜」
「本当!?」
 レインは操縦するための紐からパッと手を離し、ファインの隣に走りよる。レインの側にいたプーモもそれに続いて窓に張り付いた。
 冬だというのに、このたねたねの国の大地は一面緑に覆われていた。彼女たちの住む星は、凍り付くほどの寒さはほとんどなくても、短期間ではあるが冬枯れる。その間はさすがにどの国でも大地から雑草の姿がなりを潜めるのだが、このたねたねの国ではそうではないようだ。見渡す限りの大地がうっすらと薄緑色をしている。
 緑色に染めぬかれた大地を背景にして、平和の証であるような低い城壁の中に大きなもみの木がそびえている。そこには色とりどりのオーナメントがつるされていて、可愛らしいおもちゃ箱をひっくり返したような華やかさだった。
「本当だ! スゴくキレイね〜」
 レインも感嘆の声をあげる。
 その時、ぐらりと飛行船が揺らいだ。
「あ……れ……?」
 飛行船はガタガタと軋むような音を立てながら、左右に揺さぶられている。この揺れは風に煽られて起こる類のものではない。明らかに操縦の不備だ。
 レインとファインは互いに顔を見合わせて、僅か顔をひきつらせながらフロアの中央にある操縦桿の方を見る。
 2人とも窓際にいるのは確認した。そしてプーモもそれに習っているのだから、当然そこに人がいるはずがない。
「誰も、操縦していないでプモ〜!」
「またやっちゃったわ〜」
「落ちる〜」
 それぞれに叫んだ2人と1匹を乗せたまま、飛行船はくるくると弧を描きながら急速に落下してゆく。
 レインとファインは座席にしがみついて放り出されるのを何とか防いでいたが、プーモはといえば、案の定、完全に放り投げられて壁やら天井やらにぶつかりまくり、目を回していた。
 たねたねの国の王宮では、この国の小さくてたくさんのプリンセスはもとより、すでに到着していた何人かのプリンス・プリンセスたちが、その姿形からおひさまの国のふたごのプリンセスが乗っているであろう飛行船の様子をはらはらと見ていた。
「また、やってますわ。あの方たち」
 呆れたような声でそう口にしたのは、言わずとしれた宝石の国のプリンセス・アルテッサ。
 無言のまま眉根を寄せて、頭を手で押さえたのは月の国のプリンス・シェイド。
 アルテッサの隣で、たねたねの国の兵士たちに急いで救助に向かうように指示しているのが宝石の国のプリンス・ブライトだった。
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