ふたご姫の部屋

□月夜の華
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夏の盛りの満月の今宵、月の国では盛大に花火大会が催されることになっている。

これは毎年の恒例行事で、ふしぎ星の数ある花火師たちが技を競いあい、様々な新作花火や趣向を凝らした花火が披露されるとあって、花火大会としては有名だった。

月の城を背景に花火が上げられるため、各国から多くの人が詰めかけ、その見物客のために城の周りには屋台が立ち並んでいた。

ふしぎ星にある全ての国の王族もまた、招待客としてぞくぞくと月の国の王宮へとやってきていた。

もちろんお日様の国のふたごの姫たちも、彼女の友人であるシェイドと彼の妹ミルキーの招きにより、いつものように飛行船に乗ってやってきた。

「見えてきたよ、レイン。月の王宮だ」

「ほんとね。月の城はいつ見ても神秘的で素敵ね」

窓にへばりついて外を見てはしゃぐファインにレインはにっこりと笑いかけた。

「あ、見て見て、レイン。屋台がいっぱ〜い。着いたら外に出てみようよ。あ、何か変なゆるキャラもいるよ」

「ほんとう!? 見せて」

気球を操縦していたレインもプーモも、ファインの隣に寄って外を見た。

賑わう外の世界に2人と1匹は目を見張る。

小さな宝石を散りばめたように光輝く世界にレインは心を踊らせた。

その時、飛行船がぐらりと揺れて、レインはハッとした。操縦していたレインが手を離してしまったら、バランスが取れなくなるのは当たり前だ。慌てて操縦桿を握るが、1度崩れたバランスはそう簡単に戻るものではなく、風に翻弄され、流されて、月の城を通り越した先の河原へと墜落した。

「いった〜い」

「ふあ〜、またやっちゃった」

レインが苦笑いを漏らす。

「だ……大丈夫? ファイン」

「うん、レインも大丈夫?」

「ええ……」

窓に沿うようにぐるりと周りを囲むシートから放り出されたり、逆さまになってしまったが、とりあえず体勢を整えて2人は同時に溜め息を吐いた。飛行船との相性が悪いわけではないと思うが、2人がどこかへ出かけようとすると、決まって飛行船は墜落する。

お互いが怪我もなく無事だったことを確かめてホッとしていると、ドンドンと飛行船のドアが叩かれた。外で誰かの聞き慣れた声がする。

ファインがパッと顔を輝かせると同時に、慌てたように服装の乱れを直し始めた。

レインはフッと笑みを漏らしてドアを開ける。

やはり月の国の王子シェイドだった。やや青ざめた顔で、月の光を受けた宵闇の色をした瞳でレインの姿をとらえた。

「無事みたいだな。ったく、お前たちは……心臓が止まるかと思った」

「ごめんなさい。ちょっと……ミスっちゃって」

レインが困ったように微笑むが、シェイドの焦りと怒りはそうそう収まるものではないらしい。

「お前の飛行船が落ちる度にこう心配していては、寿命が縮まる」

「本当にごめんね、シェイド。私がレインに外を見てって言わなければよかったの」

ファインがレインの背後から顔を出した。

シェイドは今ようやくレインの他にもう1人ーー当然なのだがーーいることを思い出したように、ファインを見た。

フウッと小さく息をつき、

「無事ならそれでいい」

とボソリと言った。

「馬車を用意させたから、とりあえず、お前たちは月の城へ行け。飛行船はこちらで責任を持って待機場へ運んでおくから」

墜落した衝撃で、彼女たちの乗っていた飛行船は斜めに傾いていた。なかなか上ることのできない2人の為に、外へ出るのを手助けするようにシェイドが伸ばしてきた手を見て、レインはファインの背を押した。

シェイドはそのレインの行動に目を見張ったが、何も言うことなく、ファインの手を取ると、彼女を外へと引っ張りだした。

「ありがとう、シェイド」

「そこの梯子を使って下へ降りろ。大丈夫だろう」

「うん」

その返事を待たずに振り返り、シェイドはレインの方に手を伸ばす。

「ほら、お前も」

シェイドは少し不機嫌そうな声で言った。不機嫌なその理由はわかっている。レインが何でもファインを優先させるからだ。しかも、はっきり彼が言わないまでも、薄々彼の気持ちに気づいているのに、それを遠慮するような素振りを見せるから、シェイドはいつも苛立ってしまう。それがわかっていても、レインには断ることも、了承することすらできなかった。それは双子の妹であるファインが彼のことを好きだとわかっているから、彼女を傷つけたくなくて、彼の気持ちに応えられないのに、彼との関係を終わらせるのは忍びなくて、はっきり断ることもできないからだ。

(私……本当にズルい女だわ)

一瞬、手を伸ばすことを躊躇したが、この手を拒むのはあまりにも浅はかな気がして、素直に彼の手に触れた。

ぐっと握り返してくる手にドキリと心臓が高鳴る。たったこれだけのことに動揺する自分が情けないと思いながら、頬が熱くなるのを止められなかった。

ぐいっと引き上げられて、身体が触れあう。彼女を支えるために、シェイドの腕が腰に回った。

(ちょ……ちょっと、さっきのファインに対する態度と違うわよ)

ファインがそのことに気づいたらと焦って双子の妹を見ると、彼女は必死に梯子を下りているところで、こちらを見てはいない。

レインはほっと胸を撫でおろした。

「一人で降りられそうか? さすがの俺でも、お前を抱いては降りられないぞ。重いからな」

シェイド特有の意地悪な物言いに、レインはムッとする。

「しっ、失礼ね!! ちゃんと降りられるわ。それに私、そんなに重くないわよ」

シェイドはニッと笑った。

「知ってる。何度も抱き上げてるしな」

「何なのよ、もう」

頬を膨らませるレインに、シェイドは何故か嬉しそうに微笑んだ。

飛行船から下に降りて、2人が馬車に乗り込んだところで、河原の遠く先から馬が走ってきた。月の国の兵士の制服を着た人物が、青ざめた顔で馬を駆っている。男はシェイドの近くで馬を止めると、馬から下りてシェイドに何事かを耳打ちした。

今まで穏やかだったシェイドの顔が暗く沈み、途端に年齢よりも大人びたものに変わる。彼は病弱な母でもある女王ムーンマリアの代わりに執政も行ったりするので、レインやファインと同じ年頃のはずなのだが、少し達観した感がある。

「俺は用ができた。お前たちは先に城へ行っていてくれ」

「何かあったの?」

彼の表情の変化が気になって、レインはシェイドの顔を覗き込む。

「いや……まあ」

シェイドは言葉を濁そうとして、ファインは誤魔化せてもレインは誤魔化せないことに気がついた。レインはおっとりしているということもあって、あまり察しがいいようには見えないが、実は誰よりも周りを見ていて、状況判断に優れている。だから彼の表情の変化で何かあると気づいたことだろう。

「国内の花火師と国外の花火師とのちょっとした鍔迫り合いだ」

シェイドは小さく肩を窄めた。

「もともと国内の花火師たちの競演の場として始めた祭りだが、噂を聞きつけて国外の花火師たちも参加を申し出てきた。国内の花火師たちにもいい影響を与えるだろうと思って参加を許したが、そのうち国内の参加者たちが押され始めて、いざこざが耐えなくなったんだ。祭りが大きくなるのも考えものだな」

「そう……大変なのね」

「すぐに話を納めてくるさ。母がお前たちを待っている。行ってくれ」

「わかったわ。……でも……」

レインはシェイドの服を軽く引く。

「無理はしないでね」

真剣な眼差しのレインを見て、シェイドの胸がじんと熱くなった。彼女の心は思いやりに満ちている。それが自分だから向けられているものか、それとも誰にでも向けられるものなのかはわからなかったが、それでも心に温かさが沁みてゆくものだった。
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