見上げたら剥がれ落ちそうな天井が歪んだ木目を広げていた。
蛍光灯が明るすぎる。いつもそれが気がかりで、気に入らなかった。
山崎は天井を見上げたまま畳の上に寝ころんだ。
故郷の手遊びの歌を口ずさみながら天井に向かって伸ばした手を握って開いた。
寒い部屋に1人で。



積まれたダンボールはほんの2箱ほどだった。
あとは全部売り払って金に換えてしまった。山崎はその金で次の住処でよく灯が灯る行灯を買おうと思っている。
山崎が蛍光灯を疎ましがるのは、全てを頭上から惜しみなく下品なその色で暴こうとするからだ。



チカッ、チカッと蛍光灯から音がする。
時計は19時。もうじきトラックがやってくる。たぶん屯所の軽トラか何かを貸してくれるのだろう。
ついでに表にある自転車も持っていってもらおう。
天井の木目を見つめながら引っ越しの手順を見直す。
蛍光灯がチカチカとうるさい。


台所で抱き合った。
この居間でキスをした。2人並んでTVを見ていた。
腰を揺すられると床がギシギシ鳴って落ち着かなかった。
ひとりの夜は土方を思い浮かべて、寝た。



(副長のことばっかだな…ここ)




天井を見上げる目を瞑った。
残像で瞑った目の中にチカチカと光る豆電球の光がある。
それは瞑った瞼にこびりついて、その投影はとてつもなく昔に見た映画のワンシーンのフィルムのようにいつまでも離れなかった。
放さなかった。



寒い部屋で1人、静かな住宅街の古いアパートに、1人の男が這った根を剥がそうとしていた。
真撰組に入隊する1年も前から住んでいた不便なボロアパート1DK。
彼はこれから幸福にも真撰組屯所へ引っ越そうとしている。
そのためにまず、這った根を剥がそうとしているのだ。



(この数年間、色々なことがあったなぁ)



行き着けていたコンビニやスーパー、仲がよかった居酒屋の店長。山崎になついていた近所の子供。この部屋で土方と過ごした、屯所とは違った恋人としての時間。
全部全部、手放さずに持っていきたい。



立ち上がりベランダに出た山崎は空を見た。
薄い夜空に月がぽっかりと上がり始めている。



(屯所が、俺の帰る場所、か)




なんだか家族になるみたいだと思っていたら携帯が鳴り、アパートにトラックが着いたと同僚が言っていた。
はい、はい、と応対しながら山崎は部屋に入り、ベランダの戸を閉めた。





20070204

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