お茶をすする音がして、続いてふわっと甘い香りが鼻をくすぐる。口いっぱいに広がる白餡の味に、もちもちとした生地が柔らかい。
「幸せー」
「そーだねー幸せだねー」
並んで七緒と溜息を吐く。目線の先には郁美が椅子にもたれかかって真剣な顔でテレビを見ている。今はまっているというサスペンスドラマだ。
奈良からここに来るまで、スムーズに来たかと言えばそうでもない。椿ちゃんがあのあと、あたしが目を離した隙にまたどこかに行ってしまったのだ。すぐ見つかったから良かったけど、申し訳なさそうにみんなに謝る顔は女優顔負けだと思う。幸子には怒られているときも寂しい背中に見えたが、あたしに向き直った直後、だるくて仕方がないという顔しているもんだから、なんというか、したたかだなと思ったわけです。
晩ご飯は豪華だった。さすが京都と言いたくなるし、実際にはシェフを呼んでお礼を言いたくなるぐらいには美味しかった。和食だったからシェフというよりは、板前さんと言った方がいいのかもしれないけど。
「小野寺さんまだ帰ってこないの?」
不意に郁美が喋りだす。テレビを見るとCMに入ったようだ。
あたしはお茶を継ぎ足しながら言う。
「帰ってこないねー」
「長くない?」
「時間かかるんだよ、きっと」
そう言い、お茶を飲む。少し熱かったけど、我慢してまた饅頭を口に含んだ。
椿ちゃんが他クラスの男子に呼び出されてから30分が経っていた。男子の前では戸惑ったような顔をしていたが、行く直前あたしに「持ってて。見たら殺す」と携帯だけ渡して行った。口悪いなあと声には出さなかった。その表情はやっぱり無表情で、気怠げだったからだ。まるでなんにも期待していない顔で、出かけていった。
「もてるねー小野寺さん。これで告白されるの何回目?」
「3回目」
「柊香数えてるんだ」
修学旅行中だけである。それ以前のも合わせれば7、8はいかないまでも結構な数字になるんじゃないだろうか。あたしの知る限りではだけど。それにまだまだ沸いて出てくる。転校生でこの数字は驚異的ではないかなと思う。
椿ちゃん、めちゃくちゃ可愛いから。それにあの他人への演技力、オスカー賞も夢じゃない。
湯飲みの縁をなでながら、細く息を吐き出す。
「柊ちゃん、お風呂」
「……椿ちゃん帰ってきたら行く」
携帯の時計を見てから、七緒の肩に頭を預ける。石鹸の良い匂いがした。すでにクラスの入浴時間は終わっていた。多分、生徒でお風呂に入っていないのはあたしと椿ちゃんだけだ。
郁美が言う。
「お風呂良かったよ。広いし、良い匂いがした」
「へー。なんの匂い?」
「柑橘っぽかった。あ、でも柊香入浴出来ないかもだから気にしなくていいんじゃない?」
「言わないでよそれを! 大丈夫、どうにかして入るし!」
けど幸子にはまた怒られるんだろうなあ。さっきの委員長会でも、言われちゃったしな……。それに幸子、椿ちゃんのことよく見てる気がするんだよなあ。郁美だけじゃないんだよなー。なんかもう板挟みっていうの?
布団に勢いよくダイブする。ごろごろと転がると郁美にぶつかった。そうだ、元はと言えば郁美も関係してるじゃん。そのままがしっと郁美に抱きつく。