短編

□瓶詰涙
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人は、生きてるうちでどれだけの涙の意味を覚えているだろう。

真っすぐ伸びた飛行機雲だった。
あたしはヘッドホンから流れる音楽を聴きながら、ぼーっと電車の窓からそれを眺めていた。
白くはっきりとした線は、青空によく映えている。
電車の振動に体が揺れ、手すりをゆるく掴んだ。
ちらっと腕にはめた腕時計を見て、「今日も遅刻か」と目を閉じる。
視界が暗くなるその瞬間にふっと泡のように浮かんだ顔は、頭の中で色濃く残った。
クリアな音とは対照的に、暴力的な歌詞が流れる音楽にのまれながら、ゆっくりと息を吐く。
切なげに? 深呼吸をするように? いや脱力的に。
そうするとこの電車に乗っている時間だけ楽になって、何も考えなくて済む。

あたしは、逃げるのが得意である。


「陸、最近遅刻多くない?」
「えー?そうかな」


HRが終わった頃にやってきたあたしは、のんびりとした口調で返事をした。
1週間に2回、3回と遅刻しておいて「そうかな」とよく自分で言えたものだ。
ベランダから見る景色はいつもと同じで何の変わりもなく、それは隣にいる友人も同じだった。
あたしは努めてゆっくりとした口調で「まだ今週は3回目」と言えば、ひよりは「多いよ」と呆れたように言う。


「今日は早いほうだけど」
「そういう問題なの?根本的に違うから」
「はいはいすいません」
「棒読み。てかこっち向いて言いなよ」
「やーだ」
「やだって、なんで」
「トップシークレットです」


そうほくそ笑んで、ひよりを見ずにただ前だけを見ていた。
でも人間の視界はなんとなく横の風景も見えるわけで、ひよりが腕組をしているのがわかった。
その行為はひよりの癖みたいなもので、困っているとき怒っているときなどによくしている。
今回は多分、後者だろう。


「最近、私のこと避けてるよね」
「自意識過剰じゃないですかひよりさん」
「自意識過剰なんかじゃない」
「そーですか。でもそんなことばかり言ってるとハゲるよ」
「それとハゲは関係ないでしょ!」


ガラス戸を開けて教室内に戻ろうとすると、ひよりが文句を言うように「陸って、私のこと嫌いだよね」と言った。
あたしは聞こえないふりをして、ひよりの後ろの席についた。
苦笑いを見られないよう隠しながら、机から教科書を取り出す。
そうだね、いっそのこと嫌いになりたいよ。
だけどそれが出来ないから苦労してるんじゃないかと、ぼやきたくもなる事があるのを彼女は知らない。
 
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