短編

□星たちはついてくる
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「リモコンをとってくれないか」
「……」
「おーい、まだ怒ってるのか?」


無視か、まいったな。
そう思いながら柱に掛った時計を見上げる。
時刻は9時前、相川がまともに口を聞いてくれなくなって約一時間。
相川が私を無視するその理由、


「キミのプリンを食べてしまって本当に悪いと思っている」


子供が拗ねているような、しかし大の大人が怒る程でもない。
言ってしまえばくだらないことだ。
しかしそれが本人には結構大事なことでもあったりする。

一時間前、相川が入浴している間に私は食器を洗っていた。
洗い終わった食器を水切りラックに入れ、タオルで手を拭く。
ふとテーブルに目をやると、出しっぱなしのドレッシングが目に入る。
手に取り冷蔵庫の扉を開け、横のケース棚に入れ閉めようとした。
しかし、私の視界にはある物が飛び込んできた。

それが相川のプリンだと分かっていて、食べた。
禁断の赤い林檎しかり、駄目だとわかっていても本能には負けてしまうときもある。
それが人間の性、とか言ってみる。


「今から同じ物を買いに行ってくる」
「貴方は本当にバカですね」
「なっ」
「あのプリンじゃなきゃ意味がないんです。今すぐ目の前になくちゃ」


そうため息をついて、リモコンを私から更に遠ざける。
地味に嫌がらせを受けている。
……どうしたものか。
私が悪いのは百も承知だが「キミは子供だな」と言いたいのを堪える。


「……わかった」


私は家着用のスウェットパンツを脱ぎ、ジーンズに足を通した。
ソファにかけてあった上着を手に取り、羽織ると財布だけをジーンズのポケットに突っ込む。
ドアノブに手をかけると


「どこに行くんですか」


と、キミが不満げな声で言った。


「スーパーに行ってくる」
「だから、バカですか?言ってるじゃないですか、あたしはあのプリンじゃなきゃ」
「誰もプリンを買いに行くとは言ってないだろ?」


一瞬目を丸くさせると、じゃあ何しに行くんですかと言いたげだな。
相川の不機嫌な顔に苦笑いする。


「キミに本荘スペシャルプリンを作ってあげようと思って」
「私のプリンは美味いぞ」


そう言いながら玄関に向かい、靴を履く。
相川を見ると、腑に落ちないのかまだ顔をしかめている。
私は微笑んでいるのがバレないように、外に出た。
夏の終わりだからか空気はひんやりとしていて、上着がなければ肌寒かったと思う。

階段を下りて歩道に出ようとしたその時、マンションから人が出てくる音がした。
カンカンと階段を駆け降りる音が響く。
私はゆっくり歩いていると、後ろから聞こえてきた足跡がスッと横に並んだ。


「私、黄色い部分は甘めでカラメルはほろ苦がいいです」
「そうか」


相川を見ると家着ではなく、慌てて着替えたのか髪が少し乱れていた。
ぺたぺたと音がする足元を見ると、近所に出かける専用のサンダルを履いていて。


「……キミはほんとに」
「なんですか」


可愛いな、という言葉を言わずにまた前を向く。
何も言わない私に相川が変わりに言葉を続けた。


「これからは貴方に食べられないよう名前を書いておきます」
「……あれは私の冷蔵庫だぞ」


そう顔をしかめて言っても、ツンとおすまし顔で聞く気は毛頭もありませんか。
けどまあ、


「悪かったよ」
「許してあげますよ」


そうキミが言ってくれると、安心するから不思議だな。


「手でも繋ぐか?」
「そういうのは言わないで行動するものです」


バカ、と付け足しながら私の手を取る。
スーパーに向かう私達の真上にある夜空を見上げれば、星空が途端に広がる。
繋いだ手の温かさ、キミの穏やかな横顔。
帰ったら徹夜でプリン作りだろうと苦笑いは隠せないけど。
こんな日も悪くはないな、と思ったのだった。

 
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