短編

□湧水まりえさん「Curiosity loved the cat」
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「さよなら。」
そう呟いて、同じ言葉が綴られたメールの送信ボタンを押す。
賑やかな雑踏に包まれた、待ち合わせ場所として有名な顔の像のすぐ近くで、一人静寂に閉じこもる。
壁に寄りかかったまま見上げた街はぼやけたネオンが眩しくて、とても気晴らしになんか行けそうも無い。
待ち合わせに来なかった彼氏に告げた別れの挨拶をバッグの奥底に押し込み、私は小さく溜息をつく。

就職して5年。
今年は出世もしたし、仕事帰りのエステだって継続して通えるようになった。
去年から付き合ってる彼氏とも順風満帆だと思ってたのに、それは簡単に崩れ去った。
遊びに行く気はしないけど、なんだかそのまま帰る気分じゃなくて、ふらふらと線路沿いの道を歩く。
街灯だけが照らす暗い道が線路を隔てた街とは対照的で、闇に紛らせたい気持ちを吸い取ってくれるよう。
すれ違う人もない、緩やかなカーブを描く歩道を歩く私を、時折車のヘッドライトが見て見ぬ振りする。

コツコツとハイヒールを響かせながら差し掛かった児童公園で、ふと目が向いた。
「・・・んでだよっ!俺が悪か・・・」
「・・・ざけないでよっ!もー無理だって・・・」
男女の言い合いが聞こえて、つい足を向けてしまう。
他人の不幸に興味があるわけじゃないけど、今日の私はなんだか気になってしまったのだ。
まばらな遊具に囲まれた街頭の下で罵りあう男女。
痴話喧嘩という雰囲気じゃなさそうで、植え込みの外側から覗き込んでしまったその直後。

「叩いて気が済むなら、叩けばいいじゃないっ!!」
バチンッ!
木のざわめきを貫いて響く弾けた音。
腹立たしい事に、男は本当に手を上げた。なんてヤツだ。
腹立たしい? 何故かしら。他人事なのに、腹立たしく思うなんて。
しかし、頬を張られて俯いた女の目が顔を上げた瞬間、街灯の光に鋭さを増したように見えた。

ゴッ!!
野球のオーバースローのような体勢から繰り出された拳が、男を地面に叩きつけた。
勢い余ってつまづきそうになった女は、ノックダウンされた男の顔に近づいてなにやら吐き捨てると、
近くにあったベンチに腰掛けて化粧を直し始めた。

地に伏した男はゆっくりと立ち上がり、一度だけ女を振り返ってよろよろ出口の方へ走って行った。
その背中に小さく手を振る女の目は、手元の鏡に向けられたままだった。
胸がすくような思いとはまさにこの事だと感じた。
メールだけで別れを告げて顔も見せなかったアイツに、私がしたかったことを重ねたからそう思ったのかな。
気が付いたら、折角オシャレしてきたことも忘れてガサガサと植え込みを乗り越えてた。
気が付いたら、コンパクトを閉じた女の子が、目の前で私を見上げていた。
気が付いたら・・・その子を飲みに誘っていた。
「あの・・・今の、すごいカッコ良かった。もし良かったら、一杯奢らせて。」

その公園からすぐ近く。線路をくぐった先の雑居ビルのバーに落ち着いた私達は、もはや愚痴の叩きあい。
「モモちゃんさー、大学の合コンで知り合う男なんてぇ、大体そんなんばっかよー。」
私の横でビールのグラスを一気に空にした永瀬 百花ちゃんに、笑いながら私は言った。
「そーそー。あたしも解ってるんだけどー。盛り上がったテンションのまま付き合っちゃって、こーなるのー。」
茶色いくしゅくしゅセミロングの髪をかき上げてから、彼女はモッツァレラチーズが乗ったトマトを口に運ぶ。
デートだったからか強めにメイクされた顔が、間接照明の明かりの中で小さく苦笑する。

それからしばらく、他愛もない会話をしながら二人でグラスとタンブラーを重ねていくうちに、
だんだんモモちゃんの手元がおぼつかなくなって来て、テーブルにこぼした料理のソースを私が拭う。
「涼香さんてさぁ、モテるでしょ。」
自分の前を往復する私の手をちらりと見て、モモちゃんがニヤリと唇を歪めた。
「さっきも言ったでしょー。モモちゃんと合う直前に彼氏振ってきたところだーって。」
もう、思い出させないで欲しい。
そんな想いをハイボールに押し込んで炭酸が抜け切るかと思うほど掻き混ぜ、飲み干した。
ちょっと、喉が、痛い。

「あははーはぁー。否定はしないんだー。」
けらけらと楽しそうに笑うモモちゃんを見てると、過ぎ去った事を引きずるのがバカらしく感じてしまう。
「そんなつもりじゃないけどー・・・この歳になるとね、色々あるのよー。女は。」
「この歳とか言っちゃってぇー!涼香さん、おばさんくさーい。」
バンバンとカウンターを叩いて笑い散らすモモちゃんに、数少ない客の視線が一瞬、突き刺さったのを感じた。
「しっ!静かに。あんまり騒がないの。」
その言葉で笑う声のトーンを下げたモモちゃんが、パッチリおめめでくるくると周囲を窺う。
マスカラが落ちないよう紙ナプキンで慎重に目の端を押さえたモモちゃんが、不意に私の肩に寄り掛かってくる。

「涼香さんみたいに落ち着いてて、空気読める感じの人、好きかも。」
私の肩口に頬をつけたまま、モモちゃんが悪戯っぽく上目遣いで微笑む。
はぁ・・・なんでからかわれてるんだろう、私。
「そーゆーのは、シラフでもそう思える男の人に言いなさい。」
呆れて諭す私に、モモちゃんは「本気だよー。ちょー本気!」と唇を尖らせる。

「誰彼構わずそんなこと言ってると、誰でもいいんじゃないかって思われるわよ。」
寄り掛かられた右腕を押し返して、また一口タンブラーを傾ける。
「誰でもじゃないよぉ。涼香さんと付き合ってみたい。」
折角軽くなった腕へ満面の笑みを浮かべてのしかかってきた同じ重さに、なぜか一つ鼓動が高鳴った。
こんなにストレートな告白をされたことが無かったから?
私から見ても、この子が可愛く見えるから?
お酒が入ってどうでもよくなってるのは私の方だから?
ぐるぐると思考が回って、どこにも辿り着けなくなる。

「ねぇ〜?いーじゃーん。付き合ってみようよー。」
男の人相手なら、多分必殺の威力を持っているはずの甘えたような声でモモちゃんが私を見上げる。
女の子と付き合うなんて、考えたこともないのに、いきなりそんな事・・・
て、て、て、てゆーか、なに本気にしてるのよ、私?

「はーい、じゃ、けってーい! んふー。」
混乱している私が何も言わないでいると、モモちゃんは嬉しそうに宣言して私の腕を抱きしめる。
「わ、ちょ、や、やめてよ!」
なんだか解らないうちに話が進んでしまっている事に気づき、私は慌てて仕切り直す。
振りほどかれたモモちゃんは一瞬、きょとんとした顔で私を見つめてから小さく微笑んだ。

「あ。涼香さん、やっとハッキリ言った。」
その言葉の意味を掴みあぐねて、今度は私がきょとん顔になってしまう。
「涼香さんさぁ、優柔不断でしょぉ?」
その一言に、私の胸の奥がざわりと音を立てる。
わかってる・・・
アイツとの別れの原因が、結婚に対して煮え切らない私の態度だったことも。
いつも大事なことから目を逸らし、自分を傷つけないようにしていた。
初対面の人間に、しかも年下の子に、自分の短所をハッキリと指摘されて言葉に詰まる。
そんな自分が情けなくて、今日初めて、私の目から涙が零れ落ちた。

「だからさぁ、あたしが引っ張ってってあげる。」
やめて・・・優しくしないで。
私の方が、誰でもいいみたいになっちゃう・・・
そんな想いと裏腹に、気づけば私はモモちゃんの胸に顔を埋めて泣いていた。

 

 

「まだ電車あるはずだけど、一人で帰れる?」
よろけるほどじゃないけど、危うい足元で辿り着いた駅前。
「だぁーいじょぉぶだってぇ。そんなに心配なら、ラブホでも泊まる?」
悪いニヤニヤを浮かべるモモちゃんのおでこをぺチンと叩いて、支え合いながら駅構内へ歩を進める。
「まだダメよ。さっき約束したでしょう。」
「うん。楽しみにしてるよぉ。」
「じゃぁね。気をつけて帰ってね。モモちゃん。」
「涼香さんこそ。道端で寝たらダメだからねー。」
一瞬だけ見つめ合って微笑んで、私たちは反対方向へと歩き出す。

モモちゃんとの事、私は自分で決めるって約束したから。
お酒に流されたままじゃなくて、ちゃんと返事したいから。
ホームへ向かう階段でちらりと右腕に付いたファンデーションの跡を見てから、私は残り少ない電車へと足を速めた。


fin





あとがき---

☆祝☆「郵便屋さんの落し物」様 1周年〜!☆ ヾ(≧▽≦)ノシこんにちは。またお邪魔してます。湧水 まりえです。
性懲りも無く2度目の挑戦に参りました!リベンジです!
今回フジタ様から頂いたお題は「捨て猫のような大学生を拾った27歳OLのお話」・・・
何故か他人事に思えないお題でしたが、このように仕上がりました。(^^;
うーん、今回も玉砕気味な出来で、ホントにごめんなさい・・・orz
ではでは、フジタ様。この度はおめでとうございました。
今後ともよろしくお願い致しますm(_ _)m
湧水 まりえ 拝
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