短編

□針狸さん、ノットラヴ「リリパットテンポ」
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「藍澤、遅ーい」
「す、すいません」

隣を歩いているだけなのになぜこんなに遅いのか。
まぁ、歩幅が違うってのはあるけどさ。
なんというか全体的に控えめって感じ。
っていうかなんであたしが藍澤に合わせてんだか。

「藍澤さぁ、もっとはやく歩けない?」
「え、あ、はい」

そういって小走りについてくる藍澤。
いや、だから小走りじゃなくって。

「歩けって言ってんの」

そんな風に小走りにされたら嫌でも気を遣うでしょうが。
なんであたしが藍澤に気を遣わなきゃいけないわけ。

「大股で歩けってことですか?」
「そうそう」

なんだ、言えばできるんじゃない。
そう思ったけど、よく見れば滑稽だ。
一生懸命歩いてついてくる藍澤を見ると笑いがこみ上げてくる。
ついに耐えきれなくなって口から息が漏れた。

「くっくっ」
「な、なんで笑うんですかっ!」
「だってさぁ」

慣れていないせいか、藍澤が大きく足を開くたびに腕も大きく開く。
このまま放っておけばそのうち右手と右足を同時に出しかねない勢いだ。
藍澤ってほんと変に不器用。

「本田さんの足が速いんですよ……」

こいつ、あたしのせいにしやがった。

「なに、あたしがあんたに合わせて歩けって言うの?」
「べ、別にそういうわけじゃ……」

藍澤のくせに。
別に合わせてやってもいいけど、言われて合わせるっていうのはちょっと癪に障る。

「あたしに何かお願いするんだったら藍澤も何かしてよ」
「はい?」
「じゃないと不公平でしょ」

そう言うと、藍澤はうーんと唸り始めた。
あ、こいつ何かしてくれるんだ。
普段藍澤をパシったりしてるあたしから『不公平』という言葉が出たことに突っ込みもしない。
抜けてるんだか、底抜けに良いやつなんだか。

「あ、じゃあまた今度オムライス作りますよ」
「なーんだ」
「え、ダメですか?」

いいけど。
あたしとしてはもっといろいろしてほしいことがあるんだけど。
でも藍澤のオムライスはおいしかったし……。

あれ?
それ以前にあたし前に命令したよね。

「オムライスはたまになら作ってくれるって前に約束したじゃん」
「あ!」

あ、じゃない。
あぁもう、思い出したらまたオムライスが食べたくなってきた。

「藍澤、命令。今日オムライス作って」
「え、きょ、今日ですか!?」
「そう」

慌てふためく藍澤にコクリとうなづく。

「なんでいつもそんなに急なんですか……」

だって思いついた時に言ってるんだもの。

「ダメなわけ?」
「いえ、たまには前もって言ってくだされば……とか……」
「へぇ、前から言ってれば問題ないわけね」

今日から毎日「明日はオムライスが食べたい」とでも言おうか。
面倒だけど藍澤がそれで言うことを聞いてくれるならやってみてもいい。

「じゃあ藍澤、明日キスするから」
「そ、そういうのは前もって言っておけばいいっていうもんじゃありません!」

さっき前もって言えば問題ないって言ってたじゃん。



「藍澤、面倒くさい」



そう言って藍澤のおでこにキスを落とす。

「なっ!い、意味がわかりません!
 言ってることとしてることがめちゃくちゃですっ!」

そう?
前もって言っておけばいいっていうもんじゃないっていうから言わずにやれば問題ないかと思ったんだけど。
藍澤は結局どうやってもキスすれば文句を言う。

「あんたってどうやってキスしたら満足すんの」
「!?……も、もう!知りませんっ!」

あ、おこった。

「待ってよ藍澤」
「知りません!待ちません!」

なんだ、はやく歩けるじゃない。
藍澤はやればできる子みたいだ。
藍澤を怒らせるのも案外良いかもしれない。

「ねぇ藍澤ー」
「……本田さんの意地悪」

あたしはニッコリと笑うと、家へ向かって歩きだす藍澤の後をついていった。



終わり

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