短編

□いつかの声がする
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あたしは彼女に対して嘘つきだった。
小さなことから、自分の感情まで嘘をついた。
「冗談だよ」というと君はくすくすと笑ってくれていたっけ。
その笑い声が心地よくて、あたしはひどく安心していたんだ。
だから、嘘をついたあとは必ず祈る。

君がいつまでも隣にいますように、と。









「蒼井は、いつもぼーっとしてるね」


そうかなと、苦笑交じりに頭をかくと、朔美は「そうだよ」と、点滴の繋がっていない方の手であたしの手の平を取る。
生命線やらあらゆる手の平の線を指でなぞられ、くすぐったい。


「蒼井の手、好きだよ」
「そりゃどーも」
「君のことはもっと好きだけどね」


あたしはいつもそう言われると一瞬だけ怯む。
そしてやっぱり何も感じなかったのを装いながら「そりゃどーも」と返した。
朔美の顔はただあたしの顔を見つめていて、表情が読めない。
だからあたしは少し笑みを浮かべて、本当の気持ちを隠す。
閉鎖的でただ白い病室のくせに、窓から入ってくる風が気持ちいい。
朔美もそのうち同化して白に溶けてしまうんじゃないかと怖くなったときもある。
そんなことをふと漏らしたら「バカだねほんとに」そう笑ってあたしを抱きしめた。
血管がよく見える透き通るような肌は、思った以上に温かった。
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