短編

□いつかの声がする
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頭の中で君の名前を呼ぶ。
朝起きた時。美味しいものを食べた時。家に帰ってる途中とか。
ぼんやりと無意識に、だけど確かに意識的に。
そのたびに、あたしは自分の名前を呼ばれたときの響きを思い出す。


「蒼井」


そういえば朔美はいつも唐突だった。



「目の前にスイッチがあります」
「スイッチ?」
「そのスイッチを押すと、その日で世界が終わります」


両手でなにか載せているような仕草で淡々と話していた。
そして、ああ、どこかで聞いたような話だなと思った。


「蒼井は、押す?」


軽い口調で、けれども目は真剣そのもので。
あたしはパイプ椅子にもたれかかり、天井を見上げながら尋ねた。


「朔は押すの?」
「あたしは押さないよ」
「ふーん。なんで」
「死にたくないもん」


真っ白いベッドの中で足を伸ばしながら、なんでもない風に言う。
もう一度「蒼井は?」と聞かれ、迷うことなく「あたしも押さないよ」と答えた。
朔美は嬉しそうに笑って頷く。

あたしも微笑みながら、実際そんなものがあったらと考える。
彼女にはああ言ったけど、きっとあたしは迷わず押すだろう。
そんな気がした。
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