短編

□ランラビット
2ページ/14ページ



「わー! ウサギさんだー!」

小さい手を握ってやり、もう片方の手にチラシをもたせる。
というわけで、今回の仕事は2週間後にオープンする遊園地のアピール役、チラシ配りを依頼された。
普段との仕事とは違い長期のものになり、オープン後一週間もアピールのために何かと働くらしい。

群がるちびっこ達におどけたポーズをしながらもしっかりとチラシを配る。
親の方にもたせるとすぐ捨てられるからな、それに大人は受け取らねえ。
子供にもたせたほうが確実だ、そんなことを思いながら配りに配る。
手を振ってくる子供達に大きく振り返しながら、あたしは着ぐるみの中で大きくため息をついた。
しっかしまあ、なんだ今回の仕事、あちーし、だりーし、キャラじゃねーし!
大体なんで着ぐるみなんだよ、しかもウサギ。
今時はやんねーよ! 帰りてーよ!
ぴょんぴょん動き回って大げさなリアクションして、板についてきたのも悔しいけど何より疲れる。
身長が小さいからといってどうしてあたしが、つーか他のやつらサイズないっておかしいだろ。
くっそーなんであたし147センチしかないんだよ! チビすぎだろ!
着ぐるみ着てやっと身長160越えって、耳の長さを足せば180センチって悔しすぎるわ……。
やんちゃしすぎていた頃のあたしが見たら絶句するなこれ。
人間、どこでどうなるかわからねーもんだなと今更ながらに思う。

中学生の子にチラシを渡しながら「子供のくせにでけぇ」と心の中で毒づき、しかし表面上はめちゃくちゃ可愛いウサギに見えるように振る舞う。
あざといな、あたし。
けどそんなことも言ってらんねーし、さっさと配り終わろうと通り過ぎていく人に渡していく。

そのとき、こっちに向かって歩いてくる男女に目が止まった。
おお……? 雑誌に載ってそうな二人だな、と思った。
二人ともまだ若いけど、男の方はきりっとした顔立ちで背も高い。
服装も気を使っているのがよくわかるし、読者モデルとかやっていそうだ。
これはモテるな、そして浮気の一つや二つ素知らぬ顔でしてそうだ、と失礼なことを考える。
一方の女の子は男の子に負けず背も高く、170センチ近くはあるんじゃないか。
すらりと伸びた手足はなんとも優雅で、胸元まで伸びた髪は毛先に緩やかなウェーブがかかっている。
このシルエットだけでも息を飲むというのに、顔も可愛い。
しかもその可愛い顔とその体つきのバランスが絶妙だからか、とても自分が同じ種類の人間かと疑いたくもなった。
そんな二人は、彼のほうは女の子の手を掴み、彼女は嫌々というように押しのけている。

「どうせあれだろ、わざとだろ。ツンデレとかいうのだろ」

真っ昼間からいちゃつきながらやってくるやつらに、あたしはこうして働いてるっつーのにまったく平和なことで、と憎たらしくもなる。
いっちょ邪魔してやろうかとスキップで近づいた。
が、あたしはすぐに後悔する事になる。

「はぁ!? なによそれ!」
「だーかーら、そうさっきから言ってんだろ」
「夜中に急に訪れてくる女が友達なわけないでしょ!」

ん? 女?

「あのな、サークルの友達だ。終電逃したから仕方なくだって」
「友達〜? ピンポーンて押して、「はーい」ってなんであの女が新妻気分で出てくんの? おかしくない!? おかしいよねー!?」
「しつこいな……。だから、そんなんじゃないって」
「嘘。絶対嘘。それ何度目だと思ってんの」

噛みつくように荒々しい声。
じゃれあいなんて可愛いものじゃない、ツンデレとかでも断じてない。
さっきまでのあたしに告ぐとすればお前の目は節穴だということで。
絶賛喧嘩中、という文字が見えた気がして。
触らぬ神に祟りなし。
おし、このカップルはチラシスルーでオッケーな。
見なかったことにする、というかあたしはまだなにも見ていない。
くるりと体を反転させ、子供がいる方へ向かおうとすると

「なんなの。なにか言い返しなさいよ!」
「おい、こんなところで大声出すなよ」
「人が話しようとしてるのになにその態度! このテーマパークだってさ、あたしと行かないであの子と行けばいいでしょ!」

そう彼氏を見てから、あたしをギロリと睨みつける。
あたし関係なくねーか? と思った矢先女の子が近づいてきて「チラシください」と言い放ち、あたしは差し出すと同時にとられて唖然とする。
怒ってるときの女子はパワフルだ。

「ほら! これが最後のプレゼントだ最低男!」
「お前なー」
「今日はもう帰る! 帰って!」

彼氏君は苦虫を噛み潰したような顔をして、彼女は般若のような顔だ。
ああ、まあ、わからんでもないけど、そういう態度したくなるの。
苛立ったように「じゃあな、さよなら」と言う彼に、彼女はびくんと肩を反応させたが背中を彼に向ける。
え、なに、まじで帰んの? と思いながら見守ってはいたが、彼はそれを気にもせず元来た道へと戻っていった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ