お題小説

□金
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いつかの声がする(4 years ago)


(5)


夜空には動物が住んでいる。
大人たちにそんな話を聞かされては、首をかしげて空を見上げた。
そして動物が本当にいるのかと探していたものだった。
月にはウサギ、星には犬、それに鳥やくじらなど、そこに人までいることを聞かされたりもした。
小学生にもなっていなかったあたしは、まだ星座の意味がよくわかっていなかったのでわかったふりをして聞いていた。
ただ大人の話を聞いていると、夜空はまるで絵本のようだなと思ったのを覚えている。

夜だというのに空は明るい。晴天ならぬ星天だ。
モッズコートのポケットから携帯電話を取り出す。
冷たくなったそれを操作し、3コール鳴らして切る。
これはもうお決まりの合図だ。
部活がない金曜日は決まってある場所に出かけた。
正面の2階建ての見慣れた一軒家を眺めていると、さっとカーテンがゆれた。
からからと音を立て、正面の二階の窓が開く。


「よっ」


ぼんやりとオレンジのライトが光る部屋に、片手をあげた朔美がいる。
あたしは白い息をはきながら言った。


「準備出来た?」
「うん」


一言だけ残し、彼女は窓を閉めて視界から消える。
家から出てきた彼女は茶色い柔らかなコートを羽織り、白いマフラーに白い手袋をしていた。
足元はムートンブーツを装備と、なんとも温かそうだ。


「重装備」
「まあ夜だからね」
「今日も丘の上公園?」
「もちろん」
「じゃー行くか」


喋るたびに、お互いの口から白い息が漏れる。


「寒い」
「もこもこあったかそうな格好しといてまだ寒いの?」


マフラーに首をうずめている朔美は、なんだかハトのように見える。
細い彼女だから小さく縮こまっているだけなのだが、その姿は可愛かった。
一瞬ぶるっと身震いをした朔美は「寒い」ともう一度言った。


「冬は寒いからあまり好きじゃない」
「じゃあ毎週外出るのやめれば」
「それじゃ観察の意味がないでしょ」


部屋の中の窓から空を見上げればいいのに、と思ったがそんなことは言わない。
あたしも結構これを楽しみにしているからだ。
観察というのは、この夜空いっぱいに広がる星の観察のことである。
先月、流星群を二人で見た朔美が「もう一度見たい」と言い出したのだ。
「次は大分先だよ」と言えば「そんなのわかってる。でも沢山じゃなくていい」と表情を変えずに言うから、どういうことかと聞くと朔美は流れ星を見たいということらしい。
あれだけ何十個、何百個の星が流れていたというのに、今度はたった一つの流れ星を見たいだなんて朔美は少し変わっている。

ゆっくりとした足取りで歩きながら今日あった出来ごとを話しあった。
美味しいケーキ屋を見つけたこと、近所の犬が最近太ったこと、小テストの点が悪かったことなどなんでもないような会話だ。
話もころころ変わり、今度はあたしのあまり好きではない数学の伊藤先生のカツラ疑惑の話になる。
「伊藤は絶対カツラだ」と言い張るあたしに朔美は「あれは植毛」と淡々と否定した。


「えーだってなんか不自然だよ?」
「除所に増やしてるんでしょ。先週と比べてみたら量も違うはず」
「あー言われてみればてっぺんがちょっと増量したかも」
「でしょ。きっと来年にはふさふさだよ」


それはそれでどうなんだと思いながらも大真面目な顔をして朔美が言うから、あたしは少し笑ってしまった。
長い坂道を登り、右に曲がると木に囲まれた公園がある。
滑り台、ブランコ、シーソーに砂場、あとベンチと自販機があるくらいの小さな公園だ。
もう少し歩いたところにある大きな公園の方が小さい子には人気だけど、あたしはここで遊んで育ったからか愛着がある。

朔美が滑り台の階段を上る。
どうやらお気に入りの場所らしく、いつも朔美はそこに上っていた。
横でそれを見ていると「蒼井も」と呼ばれ後に続く。
高い所に上ると、少しだけ寒くなった気がするのはなんでだろう。
流石に女子高生だからといって、ちびっこたちが使う滑り台は立っていても二人にはちょっと狭すぎる。

不意に、朔美がゆらりと揺れ慌てて支えると、そのままあたしに体重を預け寄りかかった。


「ちょ、朔危ない」
「蒼井がいるから危なくないよ」


なんでもないように言う朔美の一言は、毎回あたしを振り回す。
そのたび毎回反応に困るのだけど。

全体重をかけられても重くない朔美を支えながら、あたしごと落ちたらどうするつもりなんだと内心ぼやく。
一緒に仲良く怪我でもするつもりなのかと一瞬考えたが、きっとあたしは自ら朔美の下敷きになるだろう。
そして朔美は下で潰れているあたしを見て、何事もなかったのように立ちあがって「蒼井、帰ろう」とか淡々と言い出すのだ。
「帰ろうじゃねーよ!」とか言いながらも、朔美に怪我がないことに一安心してあたしは「はあー……しょうがないな」とか言いつつ一緒に帰るのだ。
そんな自分が安易に想像出来て、なんでだろう、とても納得がいかない。

真っすぐ真っすぐ夜空だけを見ていた朔美が一人頷いて言った。


「星が綺麗だから、許す」
「朔、誰に言ってるの」
「冬」
「ああそう」


もう好きにしてくれと滑り台の手すりにあたしも体を預け、朔美の腰に手を回した。
ピンと腕から指先まで伸ばした朔美が夜空を指さす。


「リゲル、シリウス、プロキオン、ベテルギウス」
「オリオン座に、冬の大三角形?」
「蒼井覚えたんだ」
「そりゃ何度も何度も言われれば覚えるよ」
「じゃあ三角の斜め上は?」
「こいぬ座。で、三角の下がおおいぬ座」


指で線を繋ぐように夜空の一等星をなぞる。
空を見上げて星を探すのも癖になりつつあるのは、流れ星を見つけらない朔美のせいということにしている。


「流れた?」
「ううん。全然」
「てか、なんでそんなこだわるのさ、叶えたいことでもあるの?」


なにも答えず、ただ夜空だけを見上げている。
軽く頭を小突くと、朔美が「なに?」とでも言いたげにあたしを見る。


「こら朔、無視するな」
「無視じゃなくて、蒼井こういうのは人に言うと叶わないから言っちゃ駄目なんだよ」
「別に願い事の内容は聞いてないじゃん。あるの?って聞いただけで……ってかあるんだね、願い事」


頷く朔美を見下ろしてから、あたしも夜空の星を探す。
残念ながら、今日もまだ流れ星を見れていない。


「蒼井は?ないの?」
「んー……特に」


新しいオーディオプレイヤーが欲しいとか、100万円をどこかで拾えないかなとか、そんな些細だったりバカみたいなことを考える。
一番は朔とずっと一緒に、願わくは気持ちを伝えられたらなんてそんなことばかり。
けどあたしはどれも頼む気になんてなれないのだ。
頼めばきっと、朔美も流れ星も「自力で頑張りなよ」と口を揃えて言うと思うから。
あたしのちっぽけな願いに比べたら、朔美の願いはきっと比べ物にならないほど大きい。
朔美のことだから簡単な願いではないし、想像することも出来ないけど。
だって、彼女が普通の事を言うのを聞いたことがないから。
星が流れたそのときは朔の願いを叶えてやって下さいとあたしは願うだろう。


「……ねー、それって流れ星に頼まなきゃいけないほど強烈な願いなわけ」
「さあ。どうなんだろう」


真面目な顔をしてもう一度「わからない」と言った。
読めないなこいつは、と思いながらぐしゃと髪をなでつけると「やめて」と目で訴えてきた。


「あたしでも叶えられそうなやつってないの」
「蒼井が?」


小さな願いごとぐらいならあたしでも叶えられる気がして、上から朔美を覗きこんだ。


「あるよ」
「え、なに」
「これからも毎晩あたしと星を見て」
「……そんなん毎晩一緒に来てんじゃん」
「来年も、その再来年の分も頼もうかなって」


げんなりとした顔をしたのか、朔美が「ほら、嫌がる」と少し笑った。
別に嫌なんかじゃない、と言おうか言うまいか迷っていると朔美がおもむろに手袋を外し始めた。
その白い手で、あたしの手に触れた。


「冷たいね」
「まあ」
「はい」


あたしの両手を掴んで、朔美のポケットへ一緒に入れられる。


「あったかいでしょ」


なぜか得意気な顔で言われた。
また夜空を見上げ始めた彼女に、自分の顔を見られないようにと同じく空を見上げる。
きまりが悪くて、こんな顔見せられないなと思っていると「蒼井」と続けて呼ばれた。


「いつもありがとね」


なんて突然言うもんだから、あたしは心底朔美はずるいなと思った。
結局あたしは苦笑いを一つして、照れたように「はいはい」と言う。


「明日だろうが来年だろうが朔が言えばいつでも来るよ」
「だろうね蒼井は絶対来るよね」
「……いや自分で言ったけどなんで朔が自信満々なの」
「蒼井だからだよ」


平然と言われると、やっぱりちょっと悔しい。
それでも、どこか満足気に笑っている表情を見ると「まあいっか」と思ってしまって。
来週も、再来週も、来年の金曜日もあたしは3コールの電話を鳴らすだろう。
朔美に、星を見つけに行こうと。
滑り台の特等席で見る、きらめく一等星。
たった一つの流星を探しに今夜も二人で空を見上げる。



(5)金曜日の着信履歴
 
 

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