お題小説

□火
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君の未来予想図(静香×はる)


(2)



3分クッキングを知っていますか?
あのオープニング曲、そうあなたの今頭の中に浮かんだそれ。
今ベッドに腰掛けているあたしの真横で、ピカピカと点滅させながら携帯から流れてるこれ。
そうこれは、あの年上を敬わないあたしの先輩の着信音なのです。


「はるー携帯鳴ってるー」
「はーい」


携帯電話の主、先輩こと飯嶋はるの間延びした声がした。
このお昼のテーマよろしくな曲は、あたしがふざけて変えてから定着してしまったらしい。
冷蔵庫を漁っていた彼女お目当てのコーヒーゼリーとあたしのアロエゼリーを手に帰ってきた。
あたしに向かってゼリーを投げ、それをキャッチする。
お返しにと携帯を渡したが、開いたかと思うとすぐさま閉じてまたベッドに放り投げる。
白い携帯電話は跳ねて前転をし、ボテンとまたあたしの横に戻ってきた。


「メルマガ?」
「違うけど」
「返さないの?」
「めんどー……あ、やっぱメルマガでした」
「や、もう遅いから。年上なめんな」


さっき思いっきり違うって言っといてメルマガでしたが通用するわけないでしょ……。
笑顔で「このやろー」とはるに近づくと、嫌そうにあたしから少し距離を取る。
このぼーっとしてるけど綺麗な顔にでこぴんしても罰は当たらないと思うんだ。
まあそんなことはしないけど、ぺりっと音を立てながら蓋をめくり、こぼれそうなシロップをなめとった。
指についた分も舐めると、はるがプリン片手にあたしをじっと見ている。


「はる?どうかした?」
「……別に。園児たちみたいなことしないで下さい」


右手で頭を掻き、少し距離を開けてあたしの隣に座った。


「失礼な!って、また携帯鳴ってるよ?」


あのお腹がすく曲が、テンポよく流れている。
はるはサイドボタンだけ押し、見ずに放置だ。
チカチカと点滅するランプが気になる。


「なんで無視してるのー。あ、わかった。保護者さんからだ」
「違う」
「えー?じゃあ他の先生達!」
「違う」
「それじゃあー」
「てか、さっきから無視しちゃ駄目なものばかり上げてますけど」


ふむ、確かに。
腕を組んでうーんと唸ると、ありきたりな答えに行き着いた。
パチンと手を合わせてはるに指を向ける。


「これ絶対当たり!高校時代の友達!」
「あー、もういいですよ。そーです友達です」


そっけなく頷くと、はるは手に持っていたコーヒーゼリーにクリームを流し入れた。
あたしは少しムッとした表情をしながらゼリーを口に運ぶ。
なによそんなにめんどくさがらなくてもいいじゃない!
八つ当たりをするようにナタデココをがじがじと噛んだ。

ちらっと携帯に目をやると、やはり光っているランプが気になるもので。
スプーンでせっせと口の中にゼリーを詰め込み、机の上に置いた。
はるを盗み見るとテレビを見ていてあたしの方を気にする様子もないようだ。
……よし、あたしとはるの間に転がっている携帯にそーっと手を伸ばす。
人のプライバシーを覗くのは趣味じゃないけどこれだけは気になるよ……!
携帯を掴み、「イエス!」とか思っていたらその上からひんやりとした手に掴まれた。


「静香さん、人としてないと思う」


そう冷ややかな顔で言われ、ぐさっと胸にナイフが突き刺さる。


「……ごめんなさい」
「わかればいいんです」


スプーンを咥えながらぶーたれてるあたしを他所に、はるは空になったカップを台所へと洗いに行ってしまった。
けどまあ、高校の友人でもないって言ったら、あれしかない。
もう一つのベタな回答だ。
……あの嫌がりようから考えるとやっぱりそうなのかなー。
あたしは口からスプーンを抜き、それをカップに入れながら戻って来たはるに尋ねた。



「男?」


その言葉に、ぴくっとはるの肩が動く。
おー、わかりやすいねはるちゃん。
あたしは思わず顔がにやけた。


「いつのまに?さすがはーちゃん先生もてるねえ」
「そういうのじゃ」
「いやいやーそうだよそうわたしにはわかる」
「だから!」
「好きな人いるんでしょ?」


あ、黙った。
え、なに、もしかして図星なんですか。


「あ、もしくはもう彼氏とか?」


黙ってあたしを見るはるの顔には、眉間にしわが寄っている。
こ、恐っ!なんか話してよ!
けど、否定も肯定もしないし本気で男いるかも……?
先越されちゃったのか、あたしは。
こんな態度取ってても、はる可愛いもんなー。
……さっきから口を一文字にしているけど。

けどなんでだろう。
なぜかあたしははるに駄目押しで聞けないでいる。
「いますよ」と言われたら、色々とダメージでかそうで。
だってあたしの周りは結婚してる子多いし、ましてや彼氏持ちも多いわけで。
あたしはあたしで彼氏いなくても、今は保育士の仕事が充実してるからいっかとか思っちゃうし。
決して干物女ではないつもりなんだけどなー……。
その上年下の先輩は彼氏持ち、年上だけど後輩なあたしは肩身が狭い狭い……。

べーっと彼女に向かって舌を出してみる。
怪訝そうな顔であたしを見るのはいいけど、内容教えてくれてもいいのに。


「なんかムカっときた」
「はあ?」


はるに向かって少し笑って言う。
もしもはるに彼氏がいたら、この生活は変わる。
休日は買いものに付き合ってくれなくなるだろうし、ご飯も外食が増えるかも。
肉が食べたいって言って、わがままばっかり言うはるが見れないかもしれない。
夕食後の二人で台所に並んだりとか、あたしがふざけて抱きついてはるがめんどくさそうに相手してくれたりとか。

一緒に家を出て、幼稚園から一緒に帰ってくる。

そんな当たり前になった、何気ないこの時間は減るだろう。
彼氏の家にお泊りとか言われたら、あたし惨めだろうなあ。
そう思うと、はるがこうしていなくなるのは寂しい。

これはある意味やきもちのようなものなのかもしれない。



「あたしも彼氏作ろーかな」


なんだかわざとらしく出てしまった発言は空しく空気に溶けた。
あたしは軽く笑って誤魔化すようにはるを見た。
そのとき突然何の前触れもなく伸びてきた手があたしの肩をゆっくりと押す。
あっと思ったときにはもう遅く、あたしの視界には天井と蛍光灯、そしてはるが見えた。


「え?……ええ!?」
「静香さんさっきからうるさいんですけど」
「っていひゃい!いひゃいよ!」

押し倒されたあたしの無防備なほっぺたを彼女がぎゅうっと引っ張る。
痛くて容赦のない攻撃にあたしははるの手を叩いた。


「なにすんのはる、痛いよ」


少し涙目になりながら、すぐ真上に顔がある彼女を見た。
距離が距離だけに目がカッチリ合い、いつもと違う真剣な表情にドキッとする。
あたしは少したじろいだように視線をさまよわせたがそれは一瞬だけだった。
はるは相変わらずしれっとした顔で言う


「勝手に一人で妄想して話し進めないでくれますかー」
「も、妄想って」


はるが棒読みで言葉を落とすように話す。
口を開こうとすると、それより早くはるの口が開く。


「まず一つ目、メール」
「え」
「静香さんのせいであたしも参加したあの合コン関係のやつらですけどそれがそんなに面白いですか」
「え!?そうなの?てか、はるあのとき晩ご飯の確保に来たんじゃん」


緩んでいた手がまたあたしの頬を引っ張った。
痛くて顔を歪めるあたしは「痛い!」とまた声を上げる。


「いつの間にかアドレス知られたみたいで迷惑メールに困ってるんですよー」
「いっ!?だからー!痛いって!てかそれあたしのせいじゃな……ってごめん!ごめんなさい!」


つーかそれモテてるだけじゃん!
あたしなんかなにもないよ……あのハニカミも結局駄目だったし。
あ、でも目だけはるに似てたんだっけ……。
……恐い。似てない。うん。
蛍光灯のヒモから垂れているカエルのケロちゃんの横には無表情なはる……いや、鬼。


「はるーケロちゃんがこっち見てるよ?教育上よくないよ!ねっ!」
「見られた方が燃えますけど」


青森にいるお母さん!あたしは今鬼の下に組み敷かれてます!
ううっとうなると、はるがめんどくさそうに口を開いた。


「二つ目、静香さんに彼氏は作らせない」
「は!?なんで!?」
「ご飯の準備とか洗濯とかしてくれないと困るじゃないですか」
「だーかーら!家のことばっかで他に心配事ないの!?あたしはお母さんか!」
「静香さんがお母さんなのは嫌です」


こういうとき限って即答で言わないでよ!
なんでこんなにあたしがダメージを受けなきゃならないかな!


「あたしだってはるのお母さんは……ってはる?」


言い返したいことは沢山あるのに、彼女を見て思わず怪訝そうな顔をしてしまった。


「なんですか」
「どうしてそんな顔してるの?」


はるには見たことのない顔で、だけど園内ではよく見るこの表情。
それはおままごとのときだったり、絵を描いているときとか。
または好きな子を取りあって、うまくいかなくて、でもどうしたらいいのかわからない。
そんな子ども達の顔によく似ている。


「あの子達みたいだよ」
「……どーいう意味ですか」
「え、ああ、んー……とくに意味はないけど」


けど、そんな表情の中にそれだけじゃないものも見えた気がして。
何かに手を伸ばしたくても、伸ばせないようなそんな感じがした。
調子が狂ったあたしは、迷った挙句はるに言おうと思ったひどい言葉を飲み込んだ。
そして、彼女に手を伸ばしていた。


「よしよし」


頭を優しく撫でてやると、むすっとした顔をしながらも抵抗しない。
調子に乗ってわしゃわしゃとなでてやり、ぼさぼさになった髪を見て笑ってやった。


「なんなんですか」
「いやーはるはやっぱり年下だなって」
「静香さんのが精神年齢下そうですけど」
「なにをー!?」
「あーもーほんとうるさいなー……」


そう言いながらあたしからどいて、髪を手ですきながら壁にもたれかかる。
メアド変えようかなと、ポツリと呟いた彼女にススっと近づいて


「じゃあsizuka.loveっていれてね!」


と満面の笑みで言った。
少し間があって「するわけないでしょ」と言われ


「じゃあ静香さん大好きでもいいよ」
「……静香さん大好き」
「うんそれでいこー!」
「ほんと、静香さんが」


じっとあたしを見つめるはる。
その顔が除所にふせられていき、「はあ」とため息をついた。
もう一度あたしを見て、何か言いたげな顔をしていたが「メアド変えないの?」と聞くと、膝の間に顔をうずめた。


「……バカで鈍感後輩の静香さんにしまーす」
「え、なんで!?はるー!」


あたしは大きな声を上げながら彼女を見た。
そのとき、彼女の隠れきれなかった耳が赤い気がしたのだった。






(2) 火曜日のメールアドレス

 

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