お題小説

□水
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(3)



「また喧嘩したの?」

昼下がりの屋上、青空しか広がってなかった視界に突如彼女が現れた。
無表情な顔で見下ろし、右手にぶら下げたビニール袋をあたしに向かって投げる。
その反動で殴られたときに深く切った唇から、ビニール袋に血が滴り落ちた。
赤黒い血は、白によく映えた。

がさがさとビニール袋からペットボトルを取り出す。
鮮やかな、けどあたしよりは薄い赤い液体を睨みつける。


「……アセロラジュースとか」
「自業自得でしょ」


だからってなんでビタミンCが多いもの買うかな。
口に含むと思った以上に傷に染みて、思わず顔をしかめる。


「今日の傷、多いね」


5人に囲まれたから、なんてこいつに言う気はしない。
言ったとしても、その冷たい目で「だからなに」と尋ねられるだけだ。
それに喧嘩が嫌いな彼女には、勝った負けたも、どうでもいいのだ。
あたしが喧嘩する理由なんて特にないけど、売られたから買うだけのただそれだけ。
負けたらただ惨めで、勝っても達成感なんかなくて。


「朱美は傷だらけなのに綺麗ね」
「ほんとに思ってんのかよ」
「ええ」


淡々とやはり無表情で彼女は頷く。
こいつといると、あたしのやってきたことが無意味に感じられた。
それと同時に、あたしがいる意味も感じられる。
この屋上で、鈴と過ごすそれだけで十分で。
彼女から見たあたしの必要性や気持ちなんてわからないけど。
そんなのどうでもいいって言ったら、あたしは最低だろうか。
実際「最低ね」と即答で言われるんだろうけど。

垂れてくる前髪をかきあげ、彼女の腕を取りぐいっと引きよせた。



「鈴、眼鏡やめれば」
「嫌」


即答かよ。
銀フレームの眼鏡に手を伸ばし、少し乱暴に外してやり地面に置く。
あたしなんかより、聖母のようなマリアより、冷たい目をした彼女は綺麗だ。
媚びることを知らない、何ににも屈しない、そんな目が。


「ちゃんと学校来るなら、コンタクトにしてあげる」
「無遅刻無欠席ってか?」


うすら笑いを浮かべると、唇に裂くような痛みが走る。
反動で少し俯くと、また血が唇を伝うのがわかった。
彼女の手が視界に入ると、その手はあたしのあごに伸び、軽く持ち上げられた。
彼女の顔が近づくと、傷口を湿った舌が這う。


「舐めとけば治るでしょ」
「……そこまで頑丈じゃねーよ」


そう呆れたように呟いたら、鈴は口元だけ笑った。
声を出さずに笑う彼女が、好きで。

タイもしていない汚れたセーラー服で抱きしめたら「信じられない」とポツリと言われ、あたしは少し笑った。






(3) 水曜日の遅刻


 

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