お題小説

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ノットラヴから(本田×藍澤)


(3)


…ありえない。
5枚の硬貨を数えながら小銭を鳴らす。
いくら数えても90円。
10円玉4枚に50円玉1枚しかない。
あと一枚、あと一枚10円さえあれば


「カルピスが飲めるのに」
「お札あるじゃないですか!!」


藍澤の指さす先には一万円札。
…大体藍澤と違って福沢諭吉はそう簡単に使われる人材じゃないのよ。

ジュースを買おうと思い財布を開けてみたら小銭が足りないとはよくある話。
お札を崩すのはなんとなく嫌で、諦めて教室に帰ろうとしたところナイスタイミングで売店帰りの藍澤が通りかかった。
藍澤!と名前を呼ぶと、こっちを恐る恐るといった様子で振り向いた彼女は一瞬だけ嫌そうな顔をし苦笑いを浮かべて。
へー…藍澤のくせにその表情、あたしの藍澤イライラスイッチが発動した瞬間であった。
そして今こうして逃げる前に捕獲したわけである。


「藍澤があんな嫌そうな顔しなければあたしは傷付くこともなかったのに」
「ご、ごめんなさい!…で、でもそれ明らかにう」


そ、と言い切る前におでこにでこぴんをする。
おでこを押さえてうめている姿は見ていて楽しい。
まあそのとおり嘘だしね、藍澤の嫌そうな顔なんてもう見慣れてるし。


「まあとにかく奢んなさいよ」
「えと、嫌です…って言ったら…?」

「調子乗んな」

「ご、ごめんなさい!!!」


本日二回目の謝罪を無視し、財布を勝手に取り中を見る。
普段長財布を使ってるせいか藍澤の折り畳み財布は使いづらい。
…しかも重いし。


「小金持ち」
「は、半笑いで言わないでください」


大量の小銭が恥ずかしいのかそっぽを向く。
そんな藍澤を横目で見つつ財布を覗くと色とりどりの硬貨、特に銀色に光る100円玉が多い。
お札はというと野口英世がお一人様いるだけだ。
1枚100円玉を淡いピンクのマニキュアを塗った指で自販機のコイン口へ入れていく。


「というか、本田さんまだあたし奢るなんて言って」
「藍澤なに飲むのよ」
「え、あ、レモンティーです」


ピッ、と音がしレモンティーを取り出して藍澤に差し出す。
おずおずと手を伸ばし、両手でペットボトルを包む。
あったかいのがお気に召したらしく顔にも当てている。
パシられ慣れたのかどうかわからないが小言はないようだ。
だけどまあ奢れ奢れ言っといてあれだけど、あたしもそこまでひどくないし図々しくはない。
だから救済処置を与えよう。


「藍澤ーじゃんけんしてあたしが勝ったら奢って」
「あ、あたしが勝ったら?」
「梨花ちゃんと一日デート権」


い、いらないですよ!と声を大にする藍澤の頭を小突く。
この野郎まじでイラっときた、あたしのとびきりの笑顔を返せ。
…というか藍澤の分際でいらないとか生意気すぎ。


「ほんと調子乗って…あ、あたしチョキ出すから」
「なんで言っちゃうんですか!?」


ニヤニヤしながらじゃーんけーんぽん、と言うと藍澤が急いで手を出す。


「はい奢りー」
「え!?だって本田さんチョキ出すって言ったのに」


藍澤が出したのはグー、あたしはパーを出した。
嘘に決まってんでしょと薄く笑うと、悔しそうな顔でずるいと呟いている。
救済処置、とか言っておきながらちゃんとあたしが勝つようになっていた。
だって藍澤は絶対信じると思ったから、なら負けないよう勝ちにいくのは仕方がないことでしょ?
100円玉を藍澤から控えめに押し付けられ、あまりにも悔しそうだから笑ってありがとと言う。
さて買いに行こうか、と言いながらくるっと自販機に背を向けた。


「え?カルピスありますよ?」
「だってこれ冷たいやつ。ほら、3号館行くよ」
藍澤の腕を掴み引っ張るとよろけながらも付いてくる。
ただし眉間にしわが寄っているけど。


「3て…遠いです!てかあったかいのなら1号館にも」
「うるさいな。あたしは3号館のホットカルピスが飲みたいの」


少し遠い距離、それは5分ぐらいで行けるとこだけど。
授業始る前までもうちょっと暇だし、このままからかってやるのも悪くない。
しぶしぶと従うその表情、実は嫌いじゃないよ?
とか言うと恥ずかしがってるんだか嫌がってるのかわからない表情に、ごちゃごちゃ口答えされるのはうざったい。
だから言わない。
掴んだ腕の離すタイミングなんか無視して、もう少しもう少しだけ。






(3) ジャンケンで負けたら、ジュースおごりなさいよ!(自販機までの距離、デートしたいだけ)
 

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