お題小説

□木
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花言葉(新名×神崎)


(4)


見えないものが見えてきたり、わからなかったことがわかるようになってきた。
それは慣れともいうし、成長とも呼ぶべきものだと思う。

自分の席に座っているあたし新名あかりは、足をぶらぶらと揺らしていた。
たまに携帯を開いてみるが新着メールがあるわけでもないのでまた閉じる。
あたしは暇なのだ。

不意に、隣に座っていた神崎さんが立ち上がる。
ぼんやりと窓に向かう彼女を見ていると、彼女はガラッと勢いよく窓を開けた。
深く息をはく音が聞こえる。

「なんで雨振るんだよー! ふざけんなー! バカー!」

思ったより幼稚な言葉は雨音にかき消され、神崎さんは悔しそうな顔をしたまま窓のサッシに寄りかかった。
あの表情はいつになったら直るのだろう。
彼女はずっとあの調子で外の雨と睨めっこしている。

「神崎さんしょうがないよ。自然現象なんだから」
「しょうがなくない。だってデートの日に雨とか、雨とかさー……」
「でもこればっかりはどうしようもないよ」

困ったように言っても、神崎さんはそれを聞かずに「ニーナちゃんとデートが!」と大きな声で言うから、あたしは椅子から慌てて立ち上がって「声大きいよ」と彼女の腕を引っ張った。
彼女は唇を尖らせたまま「だって」と続ける。

「あのお店のテラスでご飯食べたかったのに」
「あたしも食べたかったけど……天気には逆らえないからね」

神崎さんが開けた窓を静かに閉める。どしゃ降りと言ってもいいほどの雨音が少し和らいだ。

今日は運動部の人たちが大会に出て生徒数が減っているため、他の生徒は午前中で終わる特別編成授業だった。
文化系や帰宅組のあたし達にはラッキーとしか言いようがない日である。

しかし、あいにくの雨で神崎さんと前々から行こうと約束していたお店に行けないでいる。つまり、今日はランチデートだったのだ。
今ちょうど梅雨時だから「仕方がない」と言えば本当に仕方がない。
けれど神崎さんは「あたし雨女なのかな」とまで言い出した。
それは正直関係ないと思うよと、外の雨を見ながら息を漏らす。

あたしだって楽しみしてた。
当たり前だ。
だから雨ぐらい、と普段なら思うのだけど、

「あったかい日差しの下ニーナちゃんとおしゃれなご飯やさんでランチして、それでそれからちょっと買い物して、それから」

と、この調子でずっとぐずっているのだ。
どうやら神崎さんの重要ポイントはテラスでご飯とのことだったらしい。

あたしは別にどこでもいいのだけれど、「凄く楽しみにしてたんだもん」といじけたように言い出すものだからどうしようもない。
まるで子供だ。
でも、年齢的にはあたしたちはまだ子供だからいじけてるぐらいが健全かと思い直した。

それに二人して傘も持っていないものだから、困ったもので。折り畳み傘すら持ち合わせていないあたし達は学校から出ようもないのだ。

「神崎さん」
「……はい」
「また今度行こ? 今日は諦めるしかないよ」

神崎さんは申し訳なさそうに、それでも悩む素振りを見せた。
しかし、案外あっさり「うん」と頷く。
そしてすぐに、

「じゃあ約束のチューしよ」

と拍子抜けする言葉を吐き出して、目を閉じてあたしに唇を差し出す。

あたしはこめかみを指で押さえた。
ほんの少し、暴力的な感情が芽生えたからだ。

「……なんで隙あらばキスになるかな」
「ニーナちゃんがいるとしたくなるから」

その本能丸出しの言葉に、あたしは頬を膨らませた。
神崎さんと付き合ってそろそろ半年近くになるが、完璧な美少女であることは変わらない。
変わったのは、あたしの感じ方だろうか。

彼女はいつでもくっつきたがる。
キスしたがる。
理性が本能に負け癖がついている。
自分の発言・行動にも非常に素直で、自分で言うのもなんだけど神崎さんはあたしのことが大好きすぎる。
それはとても幸せななことであると同時に、大変なことでもある。

自惚れてるわけじゃない。
ただ、一人になるとたまに考えてしまう。
神崎さんがあたしの手を離してしまうときを。
一緒にいることを信じながらも、好きでいながらも、あたしはどうしようもなく不安になるときがある。

ようは守りたいのだ。
あたしのことが大好きな神崎さんをあたしは守りたい。
だから、出来る限りのことをするんだと決めた。
それが、付き合ってからあたしが成長した点であり、彼女に対して怒れるようになったことだ。
 
きゃっきゃっうふふ、だけじゃ恋愛は出来ない。
あたしは彼女の手を取って小指同士を絡ませる。

「はい。約束ね」
「えー指切りー?」
「学校ではキスしないって言ったでしょ」

咎めるような口調で言えば、神崎さんはまた「えー」と残念そうに眉を下げる。
そんな顔しても、駄目なんだからと自分に言い聞かせた。
神崎さんはしょんぼりとした顔を伏せてから、もう一度上げる。

「駄目かな?」
「うん。駄目」
 
めちゃくちゃ可愛い顔しても、駄目。
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