花ちゃんと小林

□10話、ほら、食べて笑ってよ
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 Side佐藤

 とんでもなく落ち込んだ声で、今にも死ぬんじゃないかって本気で思った。花から話しを聞いたときは、あたしが落ち込みたくなった。
 目の前に座り込んでいる友人を上から見下ろす。ため息をついた。
 小林が好きだなんて、嘘だと言ってほしい。
 
「どーしよう……佐藤! 小林の携帯にまだ繋がんないよ!」
「あー電池切れたんじゃない。充電器も持ってなさそうだし」
「いやでも私と小林同じ携帯会社だからそれなら勝手に充電してると思うんだけど……」
「確かに。こばなら勝手に充電するわ」
「でしょ! どうしよう私、小林とこんなこと初めてだから」
「ねえ……なんでよりによってあのこばなわけ……? 冗談じゃなく?」

 机に頭を垂れている花に、冷えたウーロン茶を置く。ちろっとそれを見て、グラスを掴み少しずつ飲んでいる。
「佐藤は、私が冗談言ってるように見える?」と暗い声で尋ねるので、再びため息をついてから「いんや」と答えた。
 講義を聞いている最中、やけに携帯が鳴っているなと思い見てみたら花からの着信だった。電話に出るわけにもいかず、メールを送れば相談があるという。家に帰ってみれば、アパートの花壇前に座り込んでいる花がいて慌てて駆け寄ったのだった。話を聞けばこばに部屋を乗っ取られたというし、それだけなら「珍しく喧嘩したんだね」と呆れて言うだけで済んだのに。
「なんでそんなことになったの?」と尋ねたら、こいつ、「小林に、告白したらから」とかいいやがった。目が点になるとは、このことである。

「そのさ、花、愛してるの? こばのこと」
「愛……そういう言い方嫌なんだけど」
「じゃあこばのこと可愛いくてたまんないの?」
「だから」
「ねえ、可愛いと思うの?」
「……可愛いよ、小林は」
「うわー」
「なに……」

 今まで見ていた花が別人のように感じた。けれどそんなことを言えば、顔をしかめられるのだろうなと思い「なんでも」と素知らぬ顔をする。
 花が恋をしていた。こばなんかに、顔を赤らめて、時に情けなく涙目になりながら、同じ女の子に恋をしている。世も末だ。
 勘弁してくれよと正直思う。だって、普段一緒にいる友人が友人に片思い? しかもかなり長年の?

「佐藤引いてるよね」
「引くっていうか……面倒なことに巻き込まれたなあって」
「佐藤!」

 泣きそうな顔をして腕を掴まれる。それを無視して私はウーロン茶を継ぎ足した。
 実は思い当たる節はあった。ほとんどの時間をこばに割いているとは感じていたからだ。可愛いいのに男っ気もなく、不思議には思っていたがこういうことだったとは思いもしなかった。
 コップに細かい水滴が生じ、それを指でなぞる。大きな粒になり、テーブルに滴を落とした。
「正直のところ、かなり戸惑ってる」と言いながら、あたしは多分眉をひそめている。

「けど、気持ち悪いとか、引くとかはない。ほんとに」
「なんで!?」
「なんでって……知らないよそんなの。花が可愛いからじゃない? なんか乙女に見えるわ」
「なにそれ……でも良かった……」
「良かったねあたしが友達で。でもさ、これからどうするわけ」
「小林の返事を待つ」
「……こばがそう簡単に返事するとは思わないけど。ていうか、嫌って言われたんでしょ?」
「違う。わかるかぼけって言われたの」
「そーだったね。けどまーこばの言うことも、ごもっとも」

 そう言うと悲しそうな顔をした。あたしはわざと間延びした声を出す。

「ずーっと側にいてくれた花ちゃんが、友達じゃなかった。じゃあ今までの花ちゃんはなんだったんだろう。これからの花ちゃんはどうなるんだろう。ねえ花ちゃん、どーなるの?」
「……小林の真似、下手だよ佐藤」

 うるさいよ。
 唇をとがらせて言う。

「こばは、裏切られた気分なんじゃないの」

 花は膝を抱えて顔をあげようとしなかった。構わずに続ける。

「嫌いになるだなんて、なれないくせに言うんじゃないよ」

「……ごめん」と言うもんだから「なんてねー」と棒読みで返した。

「花の言い方も悪いと思うけど、こばもこばだから。どっちもどっちだ。まあ、家取るのはやりすぎだけど。ていうか、どうせこれあたしがこばを迎えに行くパターンだよね? めんどくさー」

 とは言いつつ、こんなことは本当に初めてだと思った。花がこばを面倒見るのが当たり前になっていて、これじゃあ今日からあたしがこばの保護者若葉マークをつけなくてはならない。
 そんなことを考えながらテーブルの上に指で若葉の形を描く。

「花は、喧嘩したんだよ。こばと。だから、仲直りしなきゃいけない。そりゃあ返事とか今すぐにでもほしいと思うよ。でも今の状態のこばは絶対しない。断言するよ」
「……そんなの、わかってるよ」
「しっかし、あたしどうすればいいのかなー。板挟みですよー花さん」
「うん」
「今まで通り3人で仲良くなんて当分は無理でしょ? 仲直り早くしてもらって、二人がつき合うにしろ、付き合わないにしろ、気まずいのはあたしも一緒だしさー」
「うん」
「うんじゃないよ!」
 
 空返事をするな!
 だんっと音を立ててペットボトルを置く。あたしは自分のウーロン茶を一気飲みした。
 花を見る。携帯をいじっていた。へこんでいたかと思えば……! 「このやろう……」と口に出す。人が心配してやっているというのになに携帯いじってんだ!
 薄っぺらく幅のあるスマホを取り上げると、メッセージ画面が開かれている。こば宛のメールみたいだ。
『ココアは木棚の一番上にあります。お腹すいたらあるもの食べていいから。小林、さっきはごめんね。あとでまた話聞いてくれる?』
「お母さんかお前は!」と花にクッションを投げつけた。顔面にもろに受け、あ、やばいと思わず目をそらす。
 しかし花は「啖呵、切ったのにこれじゃ駄目だね」と覇気のない声で、ぼそりと言うだけだった。

「はい?」
「でも、それぐらいの覚悟はあるってことは、言わなきゃ伝わらないと思ったの」

「ごめん」と謝られる。
 しおれている。花が枯れている。

「……ぶどう食べる? 食べろ? ね!」

 部屋の隅の段ボールからぶどうを2つ取り出し、台所へ持って行く。お母さんが送ってくれたもので、粒が大きく甘いやつだ。水道で軽く洗い、お皿に乗せる。花の前に1つ置いて、あたしは一粒ちぎって口に放り込む。皮の中でぷちっと身がはじける。

「ほんと今更なこと聞くけどさ、なんでこんな急に、こばに好きだって言おうと思ったの。らしくない」
「……やっぱり急だよね」
「急だよ。そりゃ……こばも混乱するよ。なにか急ぐわけでもあった? こばに彼氏でも出来そうだった?」
「ううんそういうわけじゃない」

 首を振り、しゅんとした顔でつぶやく。

「そうじゃないんだけど、ただこのままずるずる小林のこと見てるだけだったら、また誰かに横から急に取られるんだろうなって思った」
「また? またってなに。前そういうことがあったの?」

 こくりと頷く。そしておもむろにぶどうを食べ出した。
 こばに彼氏がいたのか……。一体どんな物好きだ。いや物好きだけなら目の前にもいるわけだけど……。
 花はこばの親友として、ずっと隣にいられる。けど、それでは足りないのだと言う。そりゃそうだと、それに対してはあたしはあっさりと納得した。
 よく、本当に好きなら相手の幸せを願うよ、なんて言葉を聞く。それ、嘘だね。絶対嘘。願う? そんなんじゃ生ぬるい。本当に好きならなにがなんでもその人といたいし、欠片も手放したくないのである。思ってるだけじゃ嫌なのだ。約束ばかりの形がほしくて、体温を確かめたくなって、自分にだけ見せてくれる声や表情を見たくなる。好きになればなるほど、わがままになる気がする。本当はみんな、自分と相手が幸せになることを願っていて、自分がその場所にいられないのなら、なんにも意味なんかないって本気で思う。お人好しの良い人は、まっぴらだ。
 花は、正しいと思う。ただ、その伝えかたが下手くそすぎるけど。
 あーもーめんどくさいなあ。こばもなんてことしてくれてるんだよ。
 ポケットから携帯を取り出し見てみるがこばからの連絡はない。短いメールだけ打ち、送信した。内容は、『花は預かった』である。こばは立てこもりだが、これじゃあたしは誘拐犯みたいな文面である。
 花が冷蔵庫にはいはいで進み、中から酎ハイを取り出したので慌てて奪い取った。

「酔っぱらったらさらに面倒だろーが! つーか酒に逃げるな! というかこれあたしんの!」
 
 冷蔵庫に戻すと、元の位置に戻り不満そうに膝を抱える。
 あたしは尋ねた。

「……こばのどんなところが好きなの」
「いつも笑ってるところ」

 あのへらーとした顔か。可愛いけど、あほっぽく見えるし、実際あほだぞあいつは。

「素直なところ」

 素直すぎるのも問題だ。嘘をつかないってわかってる分は、長所だと思うけど。

「実は結構まめで、優しいところ」
「そーかー?」
「でも一番はやっぱり、一緒にいて、同じ物を楽しめるところかなー……。どんなときでも、くだらないことでも笑って、一緒にいてくれるから。うん、私は、小林のそんなところが好き」
「……のろけか」
「佐藤が聞いたくせに」

 最後の一粒を身だけ吸い出し、皮を横にはじく。二人で黙々とぶどうを食べ終わり、花は床にごろりと寝転がった。
 あたしは窓を開け、エアコンを切った。日が落ちてきたからか涼しい風が入り込む。潮の匂いも混じっていた。そういえば今年はまだ海に入ってないなとぼんやり思っていると、花が口を開いた。

「ねえ佐藤。私、小林に嫌われたかな……?」
「さあー? どうだろう」
「このまま家も返してもらえず、佐藤と一緒に暮らすのかな……」
「大袈裟な。というか、それは絶対にお断り」
「手厳しいよ佐藤は……」
「そりゃ厳しくするよ、仲直りしてほしいんだから。もう一度仕切り直せば? 今度はちゃんと、こばにもわかってもらえるように告白して、それでまるーく収まるのがあたしにとっては一番いいんだから」

 こばが、花を許さないわけがない。意味は違うかもしれないが、こばも花のことが大好きなのだ。見てればわかる。
 なのに、ずっと隣にいる本人はわかってない。いや、不安で、信じられないのだろう。
 花がゆっくりと起き上がり、あたしの背中におでこを預けた。身体をひねると、ぼすりと腿の上に落ちる。

「佐藤」
「ん?」
「私は、佐藤を大事にしないといけないって、今日すごく思った」
「それはどーも」

 頭をよしよしと撫でると「ありがとう」と鼻声で言われた。
 花はすぐに眠ってしまった。仕方がないので泊めた。そして次の日の朝、土曜だが集中講義があるかなにかで大学へ行った。
 その間にあたしがこばを迎えに行ったら、膨れ面で出てきた。花の服を勝手に着て、ご飯もちゃっかり食べているらしく、唇の横に黄身がついていた。しょーがないやつだ、ほんと。

「よう」
「よう……」
「なにか言うことがあるんじゃないの?」

 そう言えば「うー」と一うなりしてからこばが言う。

「……昨日は、花ちゃんのことありがとう」

 思いもよらない言葉に、瞬きをする。説教しようとした口を仕方なく閉じ、深いため息をついた。
 ああ、どいつもこいつも。

「いいよ馬鹿。ていうか、口。黄身付いてる」
「ええ? どこどこ」

 口元を指差せば、親指で拭い舐めている。……なんだかなあと眺めていると、こばが「とれた?」と尋ねる。

「とれた。じゃあこば、帰るよ」
「うん」

 また玄関に戻り、鞄と服を持って出てくる。花から預かった鍵を使い、鍵をかけたあとポストの中に入れた。

「……1日も人んちに立てこもって、お前これ犯罪だからなーおい」
「はーい」
「わかってんのほんとに」

 こばがぴたっと足を止める。視線ががっちりと合った。お互い何も言わずに見合っていると、こばがぽつりと漏らした。

「わかってたらいいのにな」

 それに返事はせず、教えてあげることが出来たらなと思った。花の気持ちをわかりやすく、こばでもわかるように。
 しかし日本女子たるもの、そんな野暮なことは出来ない。

「こば」
「なにー?」
「うちでゼリー作ろっか。でっかいゼリー」
「ほんと?」

 目がきらきらしだした。
「バケツゼリーとかどーよ」と言えば「作る!」と飛びついてくる。
 めんどくさいなあとは思うけど、嘘ならいいのにとはもう思わない。
 バケツを買いに行こう。多すぎて余ったらこばが花に届けさせればいい。渋ったら怒ればいい。それでも嫌だって言うんなら二人で行けばいい。
 シロップとフルーツがぎっしり詰まったゼリーを3人で食べよう。ぎこちなくてもいいから、3人で食べたいのだ。
 
ほら、食べて笑ってよ

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