花ちゃんと小林

□04話、どうしようもないなあ
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 寝坊をしたのに焦りがないこの態度はいかがなものか。
 ブレーキをゆっくりかけながら駐車場に入る。いつもの場所に駐車し、ヘルメットを取った。数分ほど座ったまま、ぼーっとしていると、携帯がモッズコートの中で震えた。画面を指でなぞれば、大学の友人からのメールだった。小林ではない。もう校舎には着いたし、返事はいいかと歩き出す。
 あくびをこらえながら、最近遅刻が多いかなとなんとなく思った。バイトの入りすぎも問題なのかなと頭の中でシフトを思い出そうとしたが、収入が減るのは困るなと思い直し、それを頭の隅に追いやって温かい校内に入り込んだ。

「あ、花ー! もー授業終わったよー」
「おはよー」
「おはよーじゃないよ! また寝不足だったんでしょ」

 学生ホールに向かえばメールの差出人の佐藤が怒っていた。お腹にぼすっと拳が入り込んでくる。まったく痛くないが「やめて」と向かいの椅子に座り、佐藤が食べているのであろうカップケーキを一つ取った。アルミを剥いて一口食べる。

「わっ、美味しい」
「それはどうもありがとう」
「上手に作りますね、相変わらず。いつも助かるよ」
「いや、趣味だし。それに花のために作ってるわけではないよ」
「はいはい、わかってます。あ、ねー小林は?」
「その辺ふらふらしてるんじゃない?」
「一緒にいなかったの?」
「いたよ。いたけどケーキ食べたらどっか行っちゃったの」

「君たちはほんと迷惑だよね、メールも返さないし」とわざとっぽく言うので「あたしは真面目なほうだと思うよ」と返せば「でもそれなりでしょ」と手痛い一言を返された。
 佐藤は大学の仲良き友人である。得意なお菓子作りでいつも私たちを癒してくれる。本人の性格はいたって癒し系ではないのだけど、男勝りな面もあり、たまーに純情乙女を発揮し出したり、私に世話をやいたり、小林の餌係だったりもする。
 要約すれば、お母さんポジションだ。

「単位大丈夫なの?」
「あー、それはやりくりしてるのでなんとか」
「やりくりってなに」
「欠席回数を数えてあと何回休んじゃいけないとか? 今日のはまだ大丈夫だよ。まだ2回しか休んでないから」
「ちゃんと来いバカ!」
「佐藤怖い。それに私単位落としたことないから大丈夫だって」
「もー……それはそれで納得行かないけどさー。その要領の良さはバイトでしか発揮出来ないわけ?」

 呆れたように言われ少しむっとする。顔に出てたのか佐藤が「そんな顔しないの」と、剥ぎ残しのアルミをケーキから取り除いた。
 最近時給が上がった話しをすればきっと「また!?」と驚かれるのではなく、怒られるんだろうなと思った。でも小林は喜んでくれるだろう。多分たかれるんだろうけど。
 ままならないなあと思いながら佐藤のありがたいお言葉を聞いていると、ホールのドアを肩で開ける小林が見えた。両手になにか抱えてこっちに向かってくる。

「あー花ちゃんおはよー」
「おはよー小林……その飲み物なに」
「んー? あ、さとちゃんのケーキ食べてたら喉乾いて。ぱさついちゃって」
「すいませんねぱさぱさで」
「いいよいいよー!」

 気にしないでーという顔で笑う小林に佐藤が「お前なあ!」と顔をしかめる。否定してほしかったのだろう。けど小林にそれを求めるのは酷だ。
「なに? 美味しかったよ?」と小林がさらっと言えば「……ならいいよ」と佐藤はあっさり引き下がった。嘘をつかないことを知っているから嬉しいのだろう。
 私は私でそれを横目に、お昼買わなくてもいいからありがたいなと思いながらカップケーキを食べ進めていた。

「てかさ、なんでそんなに持ってるの。お茶にココアに、フルーツ牛乳?」

 小林の両手に抱えたパックジュースを指差してから、自分の隣の椅子を引く。
「あのねー」と言いながら、私にお茶を渡してそこに座った。

「産業学のおじいちゃんせんせーに会ってね、腰が痛いから書類運ぶの手伝ってーって言われて仕方がなく手伝ってあげたの」
「小林、仕方がなく言わない」

 それをあっさり無視し「さとちゃんどうぞー」とフルーツ牛乳を渡している。佐藤は「ありがとーこば」と受け取り、「で?」と話しを促した。

「それでーお礼はなにがいいですかーって聞かれたからジュース三本って言ったの」
「あつかましいな」
「えーだってあたしだけココア飲んでて、花ちゃんとさとちゃんが何も飲んでないのは、あれじゃん」
「あれってなに」
「可哀想だなって」
「優しいのか馬鹿にしてるのかどっちなのそれ」

 佐藤が「何こいつ」という目であたしを見るので、私は食べる手を止めて小林に「お気づかいありがとねー」と言った。

「えらい?」
「えらいえらい。ね、佐藤」
「あー、えらいねーこばは。なんて立派なんだろうね」

 二人して棒読みなのも関わらず照れたように小林が笑う。佐藤は「駄目だこいつ」と、音を立ててフルーツ牛乳を吸った。

「二人とも授業は次空きなんだっけ?」
「うん」
「花ちゃんはなにしにきたのー?」
「……4限だけ受けにきた」
「もー。明日はちゃんとこないと駄目だよ」

 小林が「ね!」と窘めるように言うが、お茶を飲むふりをして視線を反らした。しかし、佐藤が「こばの言うとおりだよー」と水色のタッパーを押しつけてきた。中にはカップケーキが3つほど入っている。

「作りすぎたから花にあげる」
「いつもありがとう佐藤」
「いいけどさー。ちゃんとあたしが作るお菓子以外も食べてんの? もしかしてこばがいるときだけ料理してるわけじゃないよね?」

 ぎくりとしながらも「そんなわけないでしょ」と笑みを浮かべる。たまに一食だけしか食べない日があったりもするが、それはたまたまお腹が空かなかったり、バイトで疲れて寝てしまったりするからであって暇さえあればちゃんと作って食べている。佐藤が信じてないからねとでも言いたげに、私を刺すような目で見た。

「ちゃんと明日1限から来てそれ返してよ」
「え」
「え、じゃないよ。まったく、こばの保護者いないと大変なんだから」
「保護者じゃないんだけど……」

 タッパを開けながら言うと、横から小林の手が伸びてきたため反射的に捕まえた。もう片方の手も伸びてきたため、頭を上から押さえつける。

「保護者じゃん」
「違う!」

 小林があたしの腰に腕を回し「むーしーぱーんー!」と唸った。
 佐藤は呆れたように「蒸しパンじゃねーし」と、言ってから「じゃー後でね」と去っていった。
 捕まえてた手を離し、ずれた椅子に座り直した。タッパーの蓋を外し一つ取り出せば、渡す前に小林がかぶりついた。満面の笑みである。ココアをごくごくと飲み、幸せそうに息をついた。

「花ちゃんまたさとちゃんに怒られたのー?」

 私の手からケーキをもぎ取り、あぐあぐと食べ進める。私も一つ取り出し、お茶を一口含む。半分に割ってみればチョコレートの固まりが出てきて、当たりだと少し嬉しくなった。

「ねー怒られたんでしょー?」
「ちょっとだけね」

 そう言い、カップケーキを頬張る。ふんわりとバターの香り、チョコの味が口いっぱいに広がる。ああ、これほんとに当たりだなと、後で佐藤に美味しかったと絶対伝えようと小さく思った。

「小林、どっか行くときは佐藤に一言いってからじゃなきゃ駄目だよ」
「なにそれ小さい子みたい」
「ほんとにだよ」
「さとちゃんはお母さんだもんなあ」

 ストローでお茶を吸い上げる。小林はあたしの方へ顔を向けた。

「花ちゃんは一人で起きなきゃね」
「起きれるよ」
「起きれてないじゃん」
「……バイトがなければ起きれる」
「言い訳だー。小さい子みたい。さと母に怒られるよー」

 返す言葉は沢山あるが、どれを言っても小林のゆるい笑顔を崩せる自信がない。普段なら絶対しないのだけど、ストローを一噛みした。一言で表せば、ムカつく。

「昨日は晩ご飯なに食べたの?」
「うどん」
「え、また?」
「美味しいから」

 それに安い。それに勝るものはない。バイト先で大量に購入して冷凍保存したものが大量に冷蔵庫に眠っている。

「うどんかー。お肉いっぱいいれてー、ネギ刻んでー一味大量にいれると美味しいよね」

 確かに美味しいけど最後のものはいらない。残ったケーキは家で食べようとタッパを鞄にしまう。

「え、あたしまだ食べるよ!?」
「あげません。これあたしがもらったやつだから」
「えー! ずるい! お腹空いた!」
「いやずるくないし! 小林何個も食べたんでしょ?」
「足りないよ!」

 情けない顔で、それでいて力強く言うものだから、返す言葉もない。
 小林がいなくても料理はする。そりゃ確かに面倒なときはうどんに頼りっきりではあるけど、佐藤のお菓子にもお昼ご飯としてあてにしたりしているけど。小林がいなくても、ちゃんと食べていけるのだ。
 ただ、小林がいるときは、ご飯がいつもより美味しい。それだけだ。

「……花ちゃんうどんばっかで可哀想だからあたしが作ってあげるね! 蒸しパンを!」
「は!? それご飯じゃないでしょ!」
「うどんと一緒に食べればいいじゃん!」
「いやさすがにそれは……」
「えーじゃあ肉まんもどきも作るからそれでいいじゃん」
「もどき……。というか小林が作りたいだけだよね、蒸しパン……」
「さとちゃんも呼ぼうね! 花ちゃんちに!」

 やっぱりあたしの家かと、空になったパックを手で潰した。さっそく佐藤にメールしたのか小林が「さとちゃんいいってー」と上機嫌だ。
 あたしの手の上に小林が手を重ねた。何事かと思いきや、あたしの握りつぶしたパックを取ると、ゴミ箱に投げた。綺麗な弧をかいて青いプラスチック状の入れ物に吸い込まれる。

「いえい!」

 小林が片手をあげる。じっと私を見続けるので、仕方がなくあたしもあげると、ぱちんと叩いてきた。 

「楽しみだねー。あ、そうだついでにあたしとさとちゃんが泊まってあげるからね」
「え、やだよ。今日と明日バイトないのに」
「またまたー嬉しいくせにー。それでみんなで一緒に学校いこーね! そしたら遅刻しないで済むよー」

 私の頭をなでる。ぐっと詰まって言い返せなかった。
 私の鞄を漁ろうとする。取り返せば「えー」と声を漏らすので、ほっぺたを引っ張った。
 仏頂面になって、やっぱり黙り込む。そのまま私は机の上に頬杖をついた。
 材料は足りないから買い物に行かなければ。佐藤がいるならお酒も買おう。私はあまり強くはないけれど、なんだか飲みたい気分だ。
 小林に一言、酔った勢いで言ってやりたい。その言葉は「私を振り回すな!」になるんだろうけど。それでもいいか。むしろ、そっちの方が正しいようにも思う。
 そして明日の朝、みんなで遅刻すればいい。
 朝ご飯は多分、作りすぎた蒸しパンだ。


どうしようもないなあ

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