花ちゃんと小林

□03話、君とカレーライスが作りたい
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先っちょの尖ったオレンジ色、それを両手で掲げる。小林が真面目な顔して人参を選ぶので、私もそれを同じように眺めた。

「こっちかなー。んーでも、やっぱりこっちかなー。どっちが美味しいのかなー。どう思うー花ちゃん」
「私には違いがわからない」
「もー駄目だなー花ちゃんは」

首を傾げながら人参を見ている小林にそう言われ、私は無言でカゴを差し出した。見た目が太くて色が濃そうな方をカゴに入れられ、人参二本分の重量が腕にかかる。

「次はおじゃがーじゃがー。あ、あった。何個買うー」
「3つぐらい」
「あまらない? まあいいけど」

大きいものを選んで袋にじゃがいもを詰める。袋に入りきらないのか無理矢理押し込もうとしていたため、私は一回り大きい袋を取り下から入れてやった。袋の口をゆるく縛りながら、小林が不思議そうに言う。

「なんでカレーなの?」
「急に食べたくなって。そういうときない?」
「ないよー」
「小林はないかもしれないけど、私はそういう気分になったの」
「ふーん。一緒にカレー作ろうだなんて言うからキャンプにでも行くのかと思った」

 その言葉にぎくりとしながら、キャンプはないだろうとタマネギを手に取り、小林に見せた。親指をぐっと立てられたのを確認してカゴに入れる。
「1人だと余っちゃうから」となにげなく言えば「なるほどーそれはあるねー」と脳天気な声で返ってきた。
野菜コーナーを抜け、お菓子コーナーを通り過ぎる。小林が「うんうん」と頷いてカゴにお菓子を入れた。そのさりげない手つきに目を細めたが、私は見なかったことにした。つまりは黙認だ。それはなぜかというと、そのカゴに入れたお菓子というものが、二人の好きなチョコパイだったからだ。これは仕方がない。仕方がないなと、頬が緩む。
 精肉コーナーに足を進めると、ウィンナーの試食をやっていた。小林が「くださーい」と駆けていくのを後ろからついていく。おばちゃんに勧められているが「今日の晩ご飯カレーなんですよー」と悪びれもせずに笑っている。営業妨害……と思いながら「ほら、行くよ」と手招きする。
小林は「花ちゃんもいる?」と尋ね、ひょいっとつまようじに刺さったウィンナーを手にした。反射的に私は「すみません」と謝り、小林の腕を掴んで引っ張る。けれども小林は「せっかくもらったのに、ほら、あーん」とかやりだす始末。私は反応に困りながらも仕方なしに口を開けた。入り込んできたのは美味しいけど少し塩味がきつい粗挽きウィンナーだった。

「お肉はどうする? 花ちゃん何派?」
「豚」
「ええっ! あたし牛だよ!」
「なら牛でいいよ」
「そんな我慢する花ちゃんと豚が可哀想だよ……」
「私はなんでもいいんだけど」

口の中の物を飲み込んで言えば無表情になる。小林が無表情のときはなにかを考えている証拠だ。そんなに肉って重要なのかなと思いながらも適当に見定める。なんとなく、鳥の胸肉を手にとってみて「安いなー」と呟いた。すると小林がぱあっと顔を明るくさせて「間を取って鳥さんにしよう」と私の腕を誘導させる。チキンカレーかー……安いしまあ有りだなとカゴにいれた。
 小林が言う。

「カレーは辛口がいいよねー」

 その言葉にぴくっと私の体が反応する。
 今度はルーを見定めながら、同意を求めるように私を見た。へらーっとしたその笑みから視線を反らす。小林が周りこんできたが、更に反らす。しかし、それでも小林は嫌でも視界に割り込んでくるので、

「……甘口が」

 と、ぼそっと言えば小林の表情が固まる。私は一気に言った。

「ごめん辛いの無理!」
「ええー!」
「えーって……私が辛いの駄目なの小林知ってるでしょ!?」
「知ってるけどこの前お寿司食べたときにさび有り食べてたから克服したと思ってたよ!」
「わさびは……なんとか」

 私は辛いものが苦手だ。ただ最近、わさびはなんとか、ほんとお茶があれば大丈夫になった程度だ。スパイス的な、あのひりひりした辛さはてんで駄目で、情けない話、じんわりと涙が浮かぶぐらいには苦手である。それを小林は知っているのに、この態度。まったくひどいやつだと嘆きたくなるし、高校時代のときには私の苦手な物をほとんど食べてくれていたのに忘れてしまったのかと悲しくもなる。けど、それを言えばきっと「花ちゃんはほんと甘えたさんだね」と呆れたように言うのだろう。事実、そうだ。笑ってしまうほど私は甘えん坊だ。
 じとっとした目で見られ、その目を避けるように色とりどりのカレールーパッケージに目を移す。なんでこんなときに辛口ゾーンの目の前なんだと、場所を移動する。小林が手にもっていたのは赤いパッケージに『驚きの美味しさと辛さを貴方に……』と書かれたあとに『辛さ5』と続いていたので素早くそれを奪い、元の場所に戻した。
 小林が「えー」と不満げな声を漏らす。

「恐ろしいもの選ばないでよ小林!」
「冗談だよー冗談」
「嘘だ! 絶対嘘だ!」

「えへへーばれたー?」と照れたように笑う。ああ、もう、こいつ最悪だと私はうなだれた。

「……スパイス的な辛さはまだ克服出来てません。なのでお願いだから甘口でお願いします……」
「二十歳なのに花ちゃん子供じゃん!」
「そうですよ子供ですよ」
「子供舌」
「なんとでも言えばいい」

 恥ずかしいとは思ってる、けどそう簡単に克服出来るもんじゃない。蜂蜜とリンゴ入りのルーを渡せば「しょうがないなー」と小林が受け取る。しかしすぐに「トッピングの福神漬けは譲らないからね」と小袋をカゴに落とした。その衝撃で腕が少し下がる。
「それは譲る」と言えば、小林が「やった」と歯を見せた。とはいっても、私は食べられないのだけど、これぐらいはねえ、と思いながらレジに向かった。


 二人であまり広いとは言えない台所に立ち、カレーを作る準備をする。包丁を握るのはもっぱら小林だ。二人とも料理は出来るほうで、作るものは大抵まずくない。ただ、小林のほうがいささか器用である。そして、私は包丁に関しては不器用だ。 

「あたし、カレー作るの久々」
「そうなの?」
「うん。実家でしか作らないからさー。それかキャンプ」
「キャンプねえ……」

 まだ言うかと少し笑いながら剥いたタマネギを小林に渡す。

「カレーって簡単だけど、一人で食べ切るのは大変だよね」
「そうそう。だから小林を呼んだの」
「あんまり食べれないけど、いいの? やっぱり残っちゃうかもよー」
「それはそれでいいよ。明日食べるから」
「ふーん?」

「彼氏がいたら、一日で全部空にしてくれるんだろうね」と、ほけっとした顔で言われる。私は一瞬手を止めて小林を見た。「そーなのかな」と、遅れて声が出て、「そーだよ」とのんびりした声が返って来た。

「彼氏じゃなくてごめんね」
「な、なにいきなり」
「いやーなんか物欲しそうな顔してたから」
「してない」
「あはは。花ちゃんに彼氏出来るまでの当分は、あたしで我慢してよ」

 目を見開いて小林を見れば、なにも考えてないような顔でタマネギを切っている。目は痛まないのか、潤んでもいないように見えた。
 軽快な動きで包丁を扱う小林が「今度はあたしん家でつくろー」と鼻歌混じりに言う。たまねぎの皮を剥きながら、私は結局なにも言わずにただ頷いた。
 
「聞いてますか花ちゃん」
「うん」

 もう一度頷いた。つるりと白くなったタマネギを指の腹でなでてから、小林の手のひらに置く。小林は頭のすぐ上にある蛍光灯をぼんやりみて言った。

「鍋食べたいね」
「あ、いいねそれ」

 二人で小さな鍋を囲む姿を想像した。まだ季節には早いけど、小林はきっと聞く耳をもたないだろうなと、じゃがいもを手に持ちながら考える。そして、無駄に鍋奉行を発揮するんだろう。そして私はそれに笑って付き合うのだろう。仲良く鍋をつつく、それだけ、ただそれだけ、そうに違いないと小林に聞いてみた。

「ちなみになに鍋?」
「トマト鍋! しめはご飯入れてー後から卵で閉じてオムライスとかいいなー」
「……トマト」

 手の動きを止める。そろっと視線を小林に移せば「あれ? トマトも駄目だったっけ?」とぽかんとした顔で尋ねてくる。おずおずと頷けば、にぱっと笑い、こう言ったのだ。

「頑張って食べよーね」
「小林」
「ん?」
「……本気で言ってる?」

 恐る恐る尋ねれば明るく「うん」と返された。

「だってさ、今回は花ちゃんの好きな食べ物でしょ。じゃあ次はあたしの好きな食べ物だよね」
「え、あ、それはそうだけど……。でも小林」

 にこにこと笑っている。ああ、楽しみにしてるんだ、どうしようと悲壮感たっぷりに「小林」と呼んでみる。やっぱり笑顔は変わらない。この展開は考えてなかった。口元がひくつく。
 私が望んでこうなっているのだから、小林が言う意味の我慢とは違う我慢をせねばならない。小林の言う我慢は、私にとって我慢ではないからだ。そういう我慢なら、私はいくらでもするだろう。
 ただ、これはちょっと、躊躇してしまうあたりが私の情けないところでもあり。

「頑張れば大丈夫!」
「えっとね小林、えーと……、大丈夫、じゃないかもだよ……?」
「大丈夫だいじょーぶ。絶対だいじょーぶ」
「……ほんとに? ほんとーに!?」
「うん。好き嫌い直そうね、花ちゃん」

 そう言ったあとに、短く舌を出す。憎たらしいとも思えたし、可愛いとも思えた。私は口を開きかけたが、その表情に負けて閉じてしまう。逃げられそうにもないのだ、そして逃げれないのだ。
 もしも私がカレーの辛口やトマトを食べれたら、そんなことを想像してみる。私なんかそっちのけで、小林が美味しそうにそれらを食べている所しか思いつかない。まあでも、そんなものだろうと思う。私がカレーを小林と食べたかったのも、そんなものの一つなんだから。
「トマト鍋、努力する」と言った私を小林は面白そうに笑った。
 悔しくて私も真似して笑ってやった。


君とカレーライスが作りたい

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