花ちゃんと小林
□02話、ホームズにも解けない君の思考回路
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2週間も前に出された課題に頭を悩まされているのはこの二人。連日バイト続きで家や大学ではぐっすり睡眠をとって何も取り組まなかった私と、遊びほうけて課題の存在を忘れていた小林である。
「つかれたー。もう無理ー」
「リモコン持たない。ほら」
手からそれを取り上げると「花ちゃんのケチー」と、一言ふてくされたように言われた。
小林の洗濯機故障の一件以来なにがあったかというと何もない。1週間お泊りしたが、相変わらずのぐだぐだっぷりだった。特別なことなど、期待してなかったからいいと言えばいいのだが。そんなのは建前である。
ただ変わったことと言えば、私は給料日にテレビを購入した。薄い幅30センチほどの小さいものだけど、小林は気に入ったらしく、家に呼べばほいほい付いてくるようになった。現金なやつだと私は思った。言わないけど。
そんな小林が「花ちゃん経済学の課題あるの知ってた?」と、声があまりにも間抜けたものだったから、ああ、小林、課題のこと忘れてたんだねと瞬時に理解した。
「知ってたけどまだやってないよ」と言えば「さすが花ちゃん!」と返してくるのはどういう意味だろう。さすがという文字の意味がわからない。
小林が「一緒にやろー」と焦りのないのんびりとした口調で言うもんだから、考える前に「じゃあ家きなよ」と言っていた。
小林が家に来たのは午後8時。そして今11時。小林が黙らないのでそう課題が進むわけもなかった。二人ともまだ半分しか終わっていないが、明日の10時までには教授のポストに課題を出さねばならない。
「ね、花ちゃん。休憩しようよ」
「1時間前もした」
「そんなこと言わずにー。ねー」
「小林の休憩長いじゃん」
「じゃーしながらやる!」
「わけわからないこと言うんじゃない」
そう言いながら立ち上がりマグカップを二つ用意する。ピンクが私ので、自分用にと勝手に置いているカエルのマグカップは小林用だ。
「ココアがいいです花ちゃん」と行儀良く言われたので「かしこまり」と返事をする。贅沢にも牛乳入りで作り、氷を3つ入れてやった。私は自分のカップには麦茶を入れた。
「どーぞ」
「いただきまーす」
ごくごくと飲んでいく小林を見る。満足気に「おいしい」と笑うから「お気に召してくれたようで」と言いながら私はシャーペンを取った。教科書に線を引きながら、またそれを要約してレポート用紙に移す。
「花ちゃんだけだよーこんなに美味しいココア入れてくれるのは」
「それはなんともありがたきお言葉」
「他の人のココアは熱かったり、薄かったりしてとてもじゃないけど、あんまり美味しいとは」
「失礼だよ小林」
そう言いながらも悪い気はしない。
小林は猫舌だ。だから作るときは少し濃い目に、それでもって氷を少しいれてやるのがベストだと高校生のときにはわかるようになっていた。氷の数も3つと決まっていて、それ以上だったり以下だったりすると小林は文句を言う。それはもう、昔の話だけど。
「あたしに美味しいココアをいれてくれるのは、お母さんと花ちゃんだけだー」
「……増えてるし。私だけじゃないじゃん」
缶からクッキーを取り出して渡す。バイト先で缶に傷がついたからと店長にもらったものだ。それを小林が「ありがとう」とそのままぱくついた。
私は指についた粉を払い、再びレポート用紙に文字を書き写す。しかし、眠さであくびが出た。
「眠いの?」
「うん……ちょっと」
「バイト5連勤だったって言ってたもんねー」
「お疲れさまだ」と、小林もシャーペンを持ちながら教科書をめくる。
「ちょっと寝れば?」
「寝たら確実にアウトでしょ」
「大丈夫だよーあたしが起こしてあげるから」
「……ほんと?」
「うん」
「じゃあ、あと1章だけやって仮眠する」
そう言い、シャーペンを動かした。小林はクッキーを咥え、レポート用紙と教科書を交互に見ながら手を動かす。真面目モードだ、これなら寝ても大丈夫かなと少し安心した。
小林の言葉を信じて、私は課題の残り3分の1を残して眠りについた。
目が覚めたとき、周りがやけに明るかった。アナウンサーが軽快な口調でニュースを伝えるのが聞こえてくる。まるで朝だ。
「……今何時」
かすれた声でそう聞けば、椅子に座ってテレビを見ていた小林が元気よく「朝7時だよー」と答えた。
「え……? 7時?」
「うん」
朝じゃん、え、もう朝? とかけてあった膝掛けを自分の体から剥ぐ。え、でも、私は仮眠で、起こしてくれるって……と、口をぱくぱくとさせながら「小林」と指をさす。
「起こしたよー。でも花ちゃん眠いって言うから可哀想だなと思って寝かしてあげたの」
どうして普段使わない気遣いがそこで出るんだよと私は全力で言いたくなった。でも言うとまた小林が面倒なことを言い出すので、私はぐっと堪えて「小林は課題終わった?」と尋ねた。小林のことだ、きっと私につられて寝たに違いない。そうだ。きっとそうだ。
「ばっちり」
にこやかにピースサインをしてくる。おまけにウィンクまでついてきた。私は思わず床を叩く。
落ち着け、落ち着け花。とりあえず顔を洗って、またレポートに向かうのよ。と心の中で自分に言い聞かす。
「どれぐらいで終わった?」
「えー。1時間くらいかなー」
「はやっ!」
なんで急にやる気出したの小林……! 私は床で寝たため固く強ばった体で立ち上がる。
「あ、昨日シャワー借りたからね」
「ああ……そう……」
「花ちゃん課題終わった?」
「終わってるわけないでしょ!」
どうしてそうわかりきっていることを聞くの! クッションを投げつければ、それをキャッチした小林が元の場所に片づける。私はその横を通り過ぎて洗面所に向かった。冷たい水で顔を洗う。
いつもタオルがかかっている所に小林が立っていて「はいどーぞ」と新しいタオルを渡してくれる。
「はーなちゃん」
タオルから顔をあげた。
「しょうがないから、あとで手伝ってあげるねー」
へらーっと笑って教科書を片手に持つ。そしてこめかみあたりをくいっと押し上げる動作をした。エアメガネ、とげんなりしたくなる。
いい加減だったり、能天気だったり、几帳面だったり、面倒見良かったり。
小林の思考回路って、ほんとにどうなってるの。
「でもまずはご飯だね! まー花ちゃんはレポートやりながら待っててよ。あたしが、いや、シェフが腕をふるってぱぱっと作っちゃうからねー」
そう言いながらキッチンに向かう。私は椅子に音を立てて座り、考えるポーズをする。
なんだか、うん。納得いかないよ、小林。楽しげな鼻歌を聞きながら机につっぷした。
ホームズにも解けない君の思考回路