短編

□シロツメクサ
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その言葉に一瞬、ぼうっとする。神崎さんはあたしを可愛いと言う。
神崎さんの言葉はあたしの体温一瞬にして上げる、呪文のようなもので。
魔法とか、そういう表現の方が女の子らしくて、どこかロマンチックのように感じるかもしれないが、神崎さんの言葉はあたしを縛る。
あたたかい、けど不意に熱くなる言葉や感情、ふわふわと浮いたような気持ち。
あの平凡だと思っていた日々に、フィルターがかかったような気分で。
今更抜け出せないし、この笑顔から離れられない。
だから呪文がぴったりだよ、なんて。

シロツメクサを指先でなでる。
神崎さんの隣を歩きながら、片手に持っていた冠を彼女の頭に乗せた。
不思議そうに目線を上げる神崎さんは、どこか幼い表情で、とても可愛い。


「今日、クラスの男子が神崎さんのこと気にしてたよ」
「なんで?」
「彼氏いるのかなって、でも恋人いるよって教えたらへこんでた」


「そっか」と神崎さんは苦笑いをした。
あたしは構わず、言葉を続けた。


「聞かれたのは今日だけじゃないし、神崎さんほんとモテるよね。さすがというか」
「そんなことないよ」
「ううん。きっと神崎さんのこと、好きな人いっぱいいるよ」


「そうかな」と困ったように言い、あたしはその様子に違和感を感じた。


「ねえ、ニーナちゃん。その、言いにくいんだけどね」


ほんとに言いづらそうに、神崎さんは言った。


「ニーナちゃんとあたし、付き合ってるでしょ」
「え、あ、うん」


改めて言われると、なんだか恥ずかしい。
一人で照れているあたしを他所に、神崎さんの声は沈んでいる。


「あたしがニーナちゃん以外の人に好かれて、何とも思わないのかな」
「え?」
「もしあたしが、他の人に告白されたとしても不安にならないの?」


揺れた瞳が、あたしを覗く。あたしはどんな表情をしたんだろうか。


「なんでもないような顔で、言われたらさすがにあたしも」


一瞬空いた間に、あ、やばいと思ったときには遅くて。
神崎さんは、おどけて、だけど確かに寂しそうに「なに言ってんだろ、ごめんね」と言った。

数秒だけ思考が働かなくて、気付いた瞬間、頬がじんわりと熱くなる。
神崎さんが、あの神崎さんが、嫉妬している。
ああもう馬鹿だ。あたしの馬鹿。無神経にも程がある。
神崎さんが、他の人にとられちゃったらあたしは黙って見ていられるんだろうか。
少し前までのあたしならそうだったかもしれない。
前の彼氏のように「仕方ないよ」って笑って終わりだったのかもしれない。
今は、違う。違うよ。
ドキドキしながらも恋人ってはっきり言えたんだよ。
少し得意げにもなっちゃったけど、神崎さんが彼女であたしは誇らしいんだよ。
自分勝手かもしれないけど、今の神崎さんの態度が嬉しいんだよ。
可愛いくて、綺麗で、不安要素なんてあげたらキリがないくらいに、あなたは魅力的で。
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