教科

□私は君に触れてはいけない
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突然ではあるが、僕、善法寺伊作はタソガレドキ城忍者隊忍組頭の雑渡昆奈門と恋仲である。もちろんこのことを知っているのは友人のほんの一部で後輩をはじめ、学園全体にも内密に付き合っている。
ただ、最近一つ気になることがある。
確かに僕らは付き合っているのだ。確かに僕は彼から告白され、それにイエスと答えたのだ。悪戯でもなければ冗談でもない、凛とした声で「好きだよ」と囁かれた。僕もそれに答えて―おそらく真っ赤な顔をして―「僕もですよ」と笑う。
でも解せないのは…恋仲なのに、何もない。そう、なにも起こらないことが違和感の固まりとなり僕の胸に蟠り(わだかまり)を作るのだ。接吻をするどころか、彼は僕を抱きしめてもくれない、手も握ろうとしない。もっとも、そんな事になれば僕が真っ赤になって固まることは目に見えているのだが。でもやはり物足りなさを感じずにはいられない。
そこで僕は、雑渡さんに直接聞いてみることにした。

「…ということで、なんで僕に触ろうとしないのですか?」
「…伊作くん。」
「はい…。」
「随分と大胆なことを言うようになったね。」

ずざぁっと、僕は床とお友達になった。


「…で、何でまたそんな事を言い出したのかな、君は。」

医務室の床に顔面をすり付けてしまったせいで真っ赤になった如何にも痛そうな鼻をさすりながらもう一度正座をして先ほどの体制をとる。雑渡さんは僕が転んだことに対して全く動じた様子を見せずに、湯呑みに入ったお茶をコクリと一口飲んで僕を見る。いつも彼は覆面の間から吸い口を通じて飲むのだが、僕と二人きりの時はその覆面を取り、直接湯呑みからお茶を飲む。こう言うのが恋人の特権かな、としばしば思う。
さて、そんな雑渡さんの問いに、僕はどう答えるべきだろう。まさか「接吻してほしい」だの「抱きしめてください」だの言うわけにはいかない。そんな事を言ったら僕が羞恥で死んでしまいそうだ。

「別に、たまに違和感を覚えるだけです…。」
「違和感?」
「…雑渡さん、うちの鉢屋と不破を知ってますよね。」

そう言うと「ああ、あの面白い五年生だね」と既知の旨を伝えた。混合ダブルスサバイバルオリエンテーリングの時に、あの二人と雑渡さんは一戦を交えたらしいから知ってるだろうとは思っていたが。その二人がどうかした、と問われる。

「ここだけの話、あの二人は恋仲です。」
「ふうん。」
「?驚かないんですね。」
「まあ、見てればわかるからね。」

あれだけ公衆の面前でいちゃいちゃベタベタしてたら予想はつくよ、と言い切られ、驚かれると思ってた僕はなんだか拍子抜けしたというか、少し不満だった。

「二人がどうかしたのかい。」
「…なんで、触ってくれないんですか?」

俯いて紡ぎ出した言葉。なんで、鉢屋と不破はあれだけお互いに触れ合えるのに。なんで僕は、触れてもらえないのだろう。衝動に負けて抱きつくのも僕から。それさえもアナタは直ぐに腕を解いてしまう。恋仲なのに、どこか壁を作られているようで悲しかった。寂しかった。不安だった。本当に、僕はこの人とつき合っているのか、愛されているのか。それを確かめる術を、僕は残念ながら多くは知らない。だから、温もりがほしい。掌と掌のほんの小さな面積でいい。それが僕の愛情を知る術。

「…ごめんね、伊作くん。」

手に持っていた彼専用の湯呑みは、いつの間にか床の上にあり、持っていた本人はいつになく真剣で、いつものポーカーフェイスはどこへやら、とても悲しそうな面もちだった。初めて見る顔だった。

「私はね、君に触れてはいけない」

君を闇に堕としてしまうから…

彼の消え入りそうな声が、静かな医務室に飲まれた。僕の頭は理解できない。何故そんな事を言うのですか?

「君は若い。その上真っ直ぐだし夢があり、真っ白な人間だ。それこそ忍者に向かないようなね。」

だからね、私は君を汚すことを躊躇うんだよ。君はまだ、汚れも闇も知らなくていい。

そう言うと彼は泣かないでよ、といつの間に流れていたのだろう、僕の頬を伝う涙を指の腹ですくう。涙を含んだ指は、酷く妖艶な赤い舌へと運ばれた。ドキリ、として固まっている間に彼は手慣れた様子で覆面をする。つまりは帰るよ、と主張しているのと同じで。それを知った僕は重力に逆らうことなくうなだれてしまう。
と、彼は僕の髪を一房すくい上げ、覆面越しに口づけた。唇が触れた部分の髪が、イヤに熱かった。

「今は、これで許してね」

そう言う彼の顔は、いつも通りの飄々としたポーカーフェイスで。
じゃあね、と閉められた障子。さっきまで愛しい人がいた空間が、今はやけに静かで寂しい。
もう一度、口づけられた髪に触れてみる。熱などとっくに引いてるはずなのに、暖かな温もりが確かにそこにはあった。



アナタの優しさが今はつらい



(いっそ思い切り突き飛ばしてくれれば)
(でもきっとそれこそ耐えられない)





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