教科

□不器用な優しさ?
1ページ/1ページ




暇だなあ。そう思いながら俺、摂津のきり丸は学園内をぶらついていた。今日はこの前の手裏剣のテストで不合格だった人が、山田先生から補習授業を受けている。やはりというか何というか、庄左ヱ門以外は全員補習…のはずだった。偶然なのか実力なのか─後者を信じたいが─俺はこのテストに合格だった。いつもはみんなと同じく補習授業を受けるので、この時間のバイトは入れないんだけど…まさか空くとは思わなかった。
そういうわけで、俺は学園をうろうろしていたのだけれど。

「まいった、ホントにやることがない」

今からバイト入れたって、次の仕事と掛け持ちになる可能性は大いにある。別に慣れてるとはいえ、一人でこなすにはリスクが高くなる。失敗して銭が少なくなるなら、やらなくてもいいかな。と、思案しながら長屋の廊下を歩いている時、「きり丸、」と不意に背中から声がかかった。

「その声は、雷蔵先輩…って、何だ、鉢屋三郎先輩でしたか」
「何だとは何だ!!私仮にも先輩だぞ」

そんなこと言われても。

「それはまぁ置いといて、いやあ大したものだ、きり丸。私の変装を見破るとは…」

「雷蔵先輩が褌一丁でその辺を歩き回るわけありません!!」

「ははっ、それもそうか」

まったくこの人は。本気で騙そうとしたわけでは無いらしいけど、普段から紛らわしいから厄介だ。
それはそうと、鉢屋先輩が俺に何の用だろう。

「それで、何かご用ですか?」
「うん、きり丸。今暇か?」
「まあ…バイトまで一刻くらいありますけど…」
「じゃ、ちょっと来てくれ」

そう言うと鉢屋先輩は、俺の手を引いて走り出した。五年生の走りに片手を引かれた一年が追いつくわけもなく、度々転びそうになりながらその背中を追いかけた。…だけどとりあえず、

「鉢屋先輩!服、服着てください!」

変態に誘拐されるような図はやめてほしい。





+--+--+--+--+--+--+--+



「よし、ついた!」


鉢屋先輩に連れてこられたのは五年長屋の縁側。道中不破先輩がすごい形相で追いかけてきたので、鉢屋先輩が俺を俵担ぎにして走るものだから何もしてないのに疲れた。

「で、何でここに「ラリアーット!!」げふっ」

景色が一転して、長屋の屋根と青空が広がっていた。寝っ転がっているのだろう。でもラリアットされたはずなのに、不思議と痛みがなく、むしろ頭の後ろがフワフワしてる。

「ま、枕?」
「きり丸、寝ろ!」
「は?」


いきなり何か言い出したぞこの人。


「いいから、目ぇ瞑って寝ろ」
「俺…一刻後にバイトあるんすけど…」
「きり丸…お前最近寝てないだろ」

ドキッ。何故それを?確かに夜は造花と箱づくりのバイトが連日続いてたけど…。チラッと先輩に目配せしたら、にっと笑って「早く寝ないと手刀入れるぞ」と言われたので早々に目を閉じた。バイトの時間に起こしてもらうという約束で。



「…ふう。やっと寝たか。さてと…行くか」







フワッと暖かいものが体にかかった。その不思議な感覚に目を覚ますと、

「あ、起こしちゃった?」
「鉢屋先輩?」
「ううん、僕は不破雷蔵」

慌てて謝ったら「気にしないで」と手で制された。先ほどの暖かい感覚は、雷蔵先輩が毛布を掛けてくれたものだったらしい。

「そうだ!バイト!」

明らかに一刻以上経っているであろう、というかもう日が沈みかけた外の景色に、背中に冷たい汗が伝った。ああ、

「…完全に遅刻「ああそれは大丈夫」

ぽつりとでた言葉に鋭い合いの手。まるでそう言われるのを知っていたような。

「不破先輩?それってどういう…」
「ふふっ。あのねきり丸、そのバイト三郎が引き受けてるよ」
「え…」

どういうこと?

「三郎ね、委員会で庄左ヱ門からきり丸の寝不足を相談されたんだって。学級委員長として見過ごせないって」
「それで…僕のアルバイトを?」

にっこり笑って頷く雷蔵先輩。

「だから、起こさなかった三郎のこと恨まないであげてね。三郎ってこういうことは不器用だから上手く表現できないけど、きり丸を思ってしたことだからね」

雷蔵先輩の話を聞いてると、すごく胸が暖かくなってきた。
ああ、あの不器用な先輩にひとこと言わなきゃ。





ありがとうって。





(ところで、鉢屋先輩が褌一丁だったのは演技なんでしょうか?)
(え?僕に殺される覚悟がある演技を三郎がするかな?)
(…やっぱり素ですか…)
(っくしゅん!…誰か噂してるな…)





[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ