頂き物

□微笑みの矛盾
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*微裏…風味











…私が、滴り堕ちる蜜の味を知ったのは…

あの男(ヒト)の所為。


一度口にしたら最後


まるで麻薬を求める中毒者のように―――

求めずにはいられなくなる。




魅入られた蝶は、
もう二度と他の蜜を吸うことは出来ない。



只管、その蜜を求め狂い舞うだけ、


それを手に入れる為ならば…何だって、する。




それがどんなに愚かなことかも、忘れ…

やがて…その羽すらを捨てることとなっても、





それくらいにこの男(ヒト)は美しく妖艶で、狡猾なのだ。








「………、」






全てを吸い尽くされた私は、ぐったりとベットに沈み…ぼんやりとしていた。



心地よい微睡みに心身を溶かされ、

注ぎ込まれた≪彼≫が身体の最奥で蠢いているのを感じさせられながら。




身体を動かそうにも、もうそんな体力も気力もゼロだ。




それもそうであろう…

運動部…それも全国レベルの屈強な部活の部長でもあり、

武術を極めた達人レベルの男に夜が明けるまで付き合わされたのだから。



それに…、この男の辞書には≪萎える≫という言葉が無いらしい。


結局私が気を失うまで揺さぶられ、注がれ続けたのだ。







「………、」




「フ、どうやら…俺の可愛い子猫はご機嫌ナナメなご様子。

はて――まだ物足りない、ということですか?」





「………、」





「じょーだんですよ。愛しい皐月。

貴女が可愛過ぎて…つい、ね。

俺の中の狼さんを抑えきれなかった。」






私の頭の下と腰には…、鍛え抜かれ太くなった褐色の腕が、


私の頭の直ぐ後ろには…、分厚く固い胸板が、




シーツに包まった≪だけ≫の私の身体を包み込むように抱き締めた彼は…、何も纏っていないから…。


薄い布越しに感じる肌と肌が艶めかしく滑らかな感触をお互いに刻み合うのだ。





その感触が何とも言えない程生々しくて、

永四郎に背中を向けるようにして寝ていたのだが…。






「……、痕…付け過ぎですよ≪先輩≫、

こんなに濃く付けたら…、中々消えないんですから…」







そう、私をその大きな、男の身体で包み隠すのは

私の1コ上の≪先輩≫である木手永四郎。


私の通う学校でも、…沖縄全土でもいろんな意味で有名な男だ。




顔良し、頭良し、運動神経良し、の完璧な男…だ。

…………性格はトンデモナイくらいぶっ飛んでいるけれど。







「……、その口調止しなさいよ。

もう貴女と俺は―――先輩と後輩なんていう関係ではない。




心も、身体も…繋合い…愛し合う、甘い関係…でしょう?」






「……、(…半強制的、なんだけど)」






ふ、と耳元に…ねっとりとした熱い吐息が掛かり

その擽ったさに思わず身を捩る。



学校で一番モテる彼と、

学校で一番影の薄い私が…なんで、


なんて永四郎に告白された…というか無理矢理抱き締められた時はそう思ったりしたし、彼に何度もアタックされた時も…信じられなかった。


クラスに一人はいる、大人しい平凡な女のコ。

それが…私。


そんな私に彼と接点があるわけでもなかったし…。







「ああ、本当に…貴女はどこまでも可愛い人だ。

普段の穏やかな海のような貴女も愛しいですが、


今、この俺の腕の中で微睡む貴女も…堪らない。」







「…………、」





「おや、そろそろお眠ですか?

…こんな時間まで付き合わせてしまいましたからね、

ゆっくりと、お休み。



皐月の眠りも…俺が守るから、安心なさい。」







「………本当に……、」




「ん?」




「本当に…ずっと、傍にいてくれる…の?」






私が彼の想いを受け止めてからというものの…、

永四郎は所構わず…私に構うようになった。


だから学校でも、何処でも私達の関係はもう既に周知の事実で、




勿論…他の女の子や先輩からの風当たりが強くなり、
彼に想いを寄せているコ達からの≪いじめ≫も起きそうになったりもした。





でも……、

彼は…それを直ぐに察知して、私を助けに態々部活まで放り出して…

駆け付けてくれたりもした時もあったから。



…綺麗にセットされた髪を、

きっちりと着こなしているジャージを…全て乱して、






彼は…、その暖かい、胸に私を…抱き締めてくれたから。





いつしか―――そんな彼に、私も心を開き始めたのだ。

真摯なその瞳に映し出された

彼の≪本気≫に…燃え盛る熱に…遂に捕まってしまったのだ。







「決まっているでしょう。

俺は…永遠を誓えない愛を囁けるほど器用な男ではない…

それは貴女が良く知っている筈です。



フ、≪愛≫なんて…俺には縁の無いものかと思っていました。


―――でも…、皐月、貴女が俺を変えた…、



こんなにも…絶えることなく湧き出す、想いが…こんなも苦しくて、愛おしいものだと…初めて知りましたよ。


貴女が傍にいないだけで、
俺は―――息が出来なくなる。



……ふう、俺がもう1年遅く生まれていれば、ね。

いっその事留年でもしましょうか。」







1年の、差。

それが…こんなにも遠くて切ないものであったとは…。


学生の…1年違いというものは残酷で、

運が良ければ偶に廊下で擦れ違える程度、毎日永四郎が昼に迎えに来てくれるけど…、


同じクラスの女の子よりも、永四郎を見る時間はかなり短いのだろう。





…毎日、朝(モーニングコール)夕方(帰宅確認)寝る前をしてくれるとしても、だ。









「良いですか…、何かあったらすぐに俺に連絡なさいよ。

貴女は…頼るということを知らな過ぎる。




何の為に俺がいるとお思いで?

―――皐月を守り愛する為…でしょう?



それに…、たった一つでも俺の方が≪年上≫なのだからね。

存分に甘え…頼りなさい。


それが俺の存在意義だ。」






ちゅぱ、という水音と共に私の耳をぱくりと≪食べた≫永四郎の形の良い唇。

彼の口内でくちゅくちゅと弄ばれ、片耳全てを犯されている気分だ。


生暖かい永四郎の舌が…耳の穴にまで押し入り

ふるり、と自然に震えた身体を…永四郎がぎゅっと抱きしめた。




彼の…首筋のトコに顔を埋め、すっぽりと収まる。

真上にある永四郎の顎とか…ふわりと香る彼自身の匂いとか、

どうしようもなく私の心臓を暴れさせて、止まらなくさせるのだ。



だから…もう、私は逃げられないし、逃げる気もない。









「皐月…、貴女は「いい、の…永四郎。

確かに永四郎と一緒のクラスであったらな、なんて思うけど…。

あと少し…少しの我慢だから。


永四郎は、永四郎の道がある…。私にそれを妨げるなんて出来ない。」」









きっと、永四郎は優しいから。

私が望めば…≪ずっと一緒に≫いてくれるのだろう。



でも…それは彼の時間を止めてしまうから。

折角出会えた絆を壊してしまうから。





だから…永四郎は私の1歩先を、歩いてもらわなくてはならない。









「……永四郎は…、いつだって私に振り返ってくれる。

それだけで…、良い」









決して私に、その背中を見せない彼。

私を―――その両腕を開いて、いつでも迎え入れてくれる彼。



普段はあんなにも冷静で冷酷で…冷たい人なのに、

唯一私には…。なんてそう自惚れられる程特別扱いしてくれる彼。



そんな彼だから、
引っ込み思案で、積極性皆無な私でも…、

その開かれた両腕に遠慮なく飛び込めるのだ。





まるで海藻のように絡み合った足と足、

後ろから抱き締められすっぽりと隠された私の身体、


肌に啄まれ刻まれた何十もの赤い花、




そしてそして…、≪繋がりっ放し≫の…身体と体。







―――嗚呼、そうだ…逃げられないのだ私は。

もう全身を蝕まれてしまったから、もう脱出せない。




こんなにも狂おしいほど愛されてしまっては…、



まるでたっぷり砂糖の入った≪硫酸≫に浸かったように、

気が付いたときは…私の身体は溶け始めてしまっているのだから。









「フ、如何なるときでも…俺は貴女と歩む。

絶対に…貴女を置いてはいかない、そう…誓いましょう。



だから、ね。



皐月…貴女も俺から離れないで

勝手に何処かに行ってはいけませんよ。



怖いコワい狼さんが…何処で待ち伏せしているのか、わかりませんからね。」






「……ん、」





「フ、いいコだ…皐月。

そうやって素直に…受け入れれば良い、

俺だけの…愛で―――包み込んでもう離さないから。


俺のものに…などと無粋なことは言いません、

貴女を害す愚者など、この殺し屋が葬り去りましょう。


だから…どうか…、

俺の魅せる甘い夢から…出て行かないで下さいな。






――――二度と、醒めない…永遠の夢を、

貴女の為に奏で続けるから。」





暖かい…というよりも熱い彼の体温に抱かれ、

甘く甘く柔らかいその声音で愛を注ぎ込まれ、


段々とぼやけて来た意識の中で見たものは…




何とも愛おしげな微笑みを口元に刻み、

ぎらり、と鋭いその眼光で≪優しく≫私を見つめる…永四郎であった。






…どうやら…、私の身体はいつの間にか反転させられていたらしい。

頬に当たる固い筋肉で覆われた胸板から、

ドクドクと強く素早く熱く律動する彼の命の音が


嗚呼、私を…満たしていくのだ。








それが…、例え…愛に塗れた狂気であっても。


私はもう――――逃げられない。









〜End〜
――――――――――

―高鳴る鼓動は俺の真実、
零れ落ちるは秘めし狂気―







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