・シンフォニーとバッカス

□シンフォニーとバッカス 2nd 2
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そんなある日、ワールドツアーで訪れた国でふと立ち寄った店でオレは衝撃を受けた。
いつもはロイと一緒に、レストランやらホテルでの食事だったんだけど、たまたま打合せで別々になった。

そのバーでは、小さなステージにグランドピアノが置かれていて、様々なアーチストが入れ替わり演奏するんだ。
ジャズだったり、フュージョンだったり、クラシックアレンジだったり。
騒ぎながら、肩揺らしながら、歌いながら、客も一緒になって楽しんでさ。
クラシックしか勉強してなかったオレには、すごく面白くってこんなピアノの弾き方もあるんだなって感動したんだ。

今思えば、どんだけ硬い頭だったんだよって思えるんだけど。
ロイの周りには、そんな音楽なかったし。

そういえば最初は、オレの演奏に母さん達が歌ってくれたのがきっかけだったけなんて思い出して。
飛び入りでそのステージで弾かせてもらったら、もう店中が大騒ぎになった。
譜面どおりでない刻み方で弾いただけなのに、観客は面白がって喜んでくれる。
こういう世界も悪くないなって。

大人しく鑑賞してる客もいいけど、全身で反応してくれる客もいい。


泊まってたホテルに帰ってからも興奮が覚めなくて、部屋に置いてあるピアノで思い出して弾いてたんだ。
タンタンのリズムが、タッカタッカになって。
夢中で弾いてたから、ロイが帰ってくるのも気がつかなかった。

「何を弾いてるんだ?」
「ああ、今日な面白い店に行ったんだ。」

ぜひともこの衝撃をロイにも解ってもらいたくって、興奮気味に話した。
きっとロイも、面白がってくれると思って。
でも返ってきた言葉は

「くだらない。」

だった。

「私はそんな演奏をエドワードに望んでいない。耳障りだ。止めたまえ。」
「あ・・・悪い。そんなつもりじゃ・・・ないんだ。」
「君の手は、そんな曲を弾く為にあるんじゃない。わかれば良い。」

単純にロイに嫌われたくなかった。
だからもう、ロイの望む演奏以外は弾かないって思った。


でも・・・そこから段々と歪が生まれてきた。


今のピアノが楽しいのか、楽しくないのかわかんなくなってた。
きっとだいぶ前から楽しんで弾いてなかったのかもしれない。

何のために、誰のために弾いてんのかって、疑問が出てきて。
いつの間にか、ロイに依存しすぎてたんだ。
そう思ったら、今までどう演奏してたかも分からなくなった。

『違う!!何度言ったらわかるんだ!!』

ロイにダメだし食らう事も増えて、とうとう演奏会のピアノも下ろされた。

「どうしたらいいのか、わかんねえんだよ。」

ロイに泣きついても

「それはただの甘えだ。自ら乗越えろ。」

とだけ言われて、放って置かれた。
お互いプロだし、当たり前の反応だ。
でも、それがその時のオレにはわからなかった。


ロイの傍に居ると、満足させられない自分が辛かった。
あんなに好きで弾いてたピアノが、どう向き合っていいのか見えなくなって・・・。
弾けば弾くほど、わけが分からなくなる。


とうとう鍵盤がただの白と黒の縞々の化け物にしか見えなくなった。
そしてオレは、・・・ピアノから逃げだした。


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