ボクの事情

□ボクの事情 3 (初夜)
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そういえば昨日から頭が痛かった。
多分ストレスが原因だから、薬を飲んだとしても治らないだろう。
そう考えて怠い身体を押して、アルフォンスはエドワードの住むマンションへと向かった。
結局、エドワードも忙しくてその部屋を見るのは当日になっていた。

「おっきいねェ、パパッ!」
「うん…大きいな」

住所の先には今までのアパートとは似ても似つかぬ高級マンションだ。
やはり医者は高給取りなのだなと、ひくひくと頬が動く。
インターフォンからは機嫌よさそうな声が聞こえる。
教えられた部屋番号へとエレベーターを登り向かっていく。
道中、何回か景色が揺れた。
それ程までに緊張と不安と、後悔が尽きないのだとアルフォンスはまた息を吐く。

「おう、来たな」

にこやかに扉を開けるその人物は、見目麗しい事だけは認める。
長い髪をゆるく一括りにし、ラフにパーカーをはおっているだけなのにそれでも見栄えがする。
きっと世の女性なら老若問わずに見惚れるだろう。
こんな男から『身体の関係だけでいい』と言われても、すんなりと受け入れてしまうと思う。
でも、だからと言って納得はしていない。
自分は男だし、普通じゃないから。

「あの、あの…先生ッ!本日はお招きいただきありがとうございます!」

そのたどたどしいニーナの第一声で、アルフォンスは緊張しているのは自分だけではないと知った。
プッ、と噴き出しエドワードが笑う。

「何言ってんだよ、ニーナ。それを言うなら『ただいま』だろ?」
「え?」
「今日からお前んちなんだ。だから『ただいま』だ」

その一言で固まっていた表情が溶けて、笑顔に変わる。
明るい陽射しがさしたように大きな声で

「ただいまァ!」

とニーナが叫んだ。

「おう、おかえり。お前らの部屋は右側の二番目のドアだ。もう荷物は入れてもらってるからな」
「わ〜い。先生、おうち探検していい?」
「一番手前はオレの寝室だから、それ以外ならいいぞ」
「やったああ、見てくる〜!」

バタバタと靴を脱ぐと、転がるように部屋へと消えて行った。
それをアルフォンスは呆然と見ていた。
なんとまあ、あっという間に馴染んでしまったのだろう。

「よう、水ぼうそうすっかり良くなったみたいだな」
「あ?ええ、おかげ様で…薬が効いたみたい。それと予防接種もしてあったし」
「そうか、そりゃあよかった。まあ、玄関先もなんだしあがれよ」
「…お、お邪魔します…」

まさかニーナの様に無邪気に『ただいま』なんて言える訳がない。
恐る恐るアルフォンスは部屋に上がった。
それを面白そうにエドワードは見つめている。
まるで初めて連れてこられたネコのようだと思った。

「なんだよ…そう警戒すんな」
「だ、だって…仕方ないだろ」
「あれ?もしかして今夜、期待してんの?」
「バッ、馬鹿な事言うな!!」

耳まで一気に真っ赤になる。
トラの穴に入り込んだウサギというのはあながち間違いではなかった。
本当に意地の悪い先生だとあらためて認識する。


リビングに案内されてソファーに座らされる。
オープンキッチンでダイニングも広々として、窓からの景色も日当たりも良い。
ベランダも夏には小さなプールが置けそうなほど広かった。
見回せばシンプルモダンな調度品や家具で、思ったより趣味がいいのだなと意外だった。
その視線に気が付いたのだろう。
急にエドワードが話し始めた。

「あ、リビングのインテリアはオレの趣味じゃねえんだけどな。前に住んでた奴が置いていったからそのまま使ってんだ」
「そう、なんだ。どうりでいい趣味だと思った」
「…お前、オレのこと馬鹿にしてんの?」
「そう言うつもりじゃないけど…あれ、そうなるのかな?」
「ったく、自分の立場わかってんのかな?アルフォンス君は」

ぎろりと睨まれて背筋に寒気が走る。
どこがどうよくて、この先生は自分の身体を欲しているのか理解に苦しむ。
しかし、それは自分にとって好都合な事なのであえて聞こうとは思わなかった。



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