忍たま

□壊れた欠片は戻らない?
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がしゃん、と何かが割れた音がした。



「かえして」
何時もは男にしては高いその子の、低い声が響く。
散らばった陶器の欠片は花瓶だったかお皿だったか分からない。もう原型など留めていなかった。

「僕の三ちゃん、かえしてよ」
少年の目が捉えた先、もう一人の少年の息を飲む音がかすかに聞こえる。

「なんで、おまえなの」
再び唸った少年は、目の前に佇む同級生を睨みつける。
「へいだゆ、」
「僕の方が三ちゃんが好きだ」
遮られた言葉はもう一度発されることは無く、兵太夫の言葉に飲み込まれる。
「僕の方が三ちゃんが大事僕の方が三ちゃんのこと必要僕の方が三ちゃんと一緒に居た僕の方が三ちゃんのこと知ってる僕の方が」
ぶつり。
そこで言葉はきれた。

気味の悪いほど、何も聞こえない静寂のあと。
かすかな声で、兵太夫は呟いた。
「僕の方が、三治郎愛してる、のに」
先程まで低く、凄みの有った声は、今はもう弱弱しく震えている。
掠れるその声を、なんとか絞り出した兵太夫が、
「なんで、団蔵なんだよぉ……」
そう口にしたあと、ぼろぼろと大粒の涙を零しはじめた。

団蔵には、分からなかった。
自分は今、どうすればいいのだろう。
「兵太夫、」
名前を呟いて、続ける言葉が無いのだと知る。
何を口にしたって、兵太夫の心は救われることなど無いのだ。
兵太夫は三治郎が好きだ。けれど、おれだって好きなのだ。だから、おれには兵太夫にかけてあげられる言葉は無い。


「ごめん」
これは、兵太夫に対しての謝罪なんかじゃない。
(おれのための、ことば)

「でも、おれ三治郎を手放す気はないから」

それだけ言うと、団蔵は兵太夫の顔を一度も見ず、ゆっくりと踵を返した。


「さき、行ってるね。兵ちゃん」
部屋の扉をしめる、その直前。わずかな声で、団蔵の言葉が兵太夫の耳に届いたのだった。
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