愛犬万歳2
□AIKENBANZAI2
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おれの主人はおっさんだ。腹の出た、ハゲの、脂がにおいたつような中年男そのものだ。
だが、そのことに不服はない。小心なくせに浮気者で、あちこちに若い男を飼っていても気にはならない。それはいいんだ。
こまるところは別にある。
おれが上になれないことだ。
おれは上になりたい。相手がおっさんでも不細工でもいい。とにかく突っ込ませてほしい。おれがかわいらしくても、うらなりでも、これはもう本能だ。ヤリタイんだ。
だが、やつは尻をおさえて逃げてしまう。甘い主人だったが、逆さだけは絶対許してくれなかった。
おれは妥協した。
「ご主人様がやらせてくれないなら、ぼくに犬を買ってくださいよ!」
よほどカマを掘られたくなかったのだろう。主人はおれの願いを聞き入れた。
おれはカタログを繰り、目に憂いのある大型犬を見て、恋に落ちた。これがいい。
「こんなのがいいのか」
「ご主人様に似てるところが」
こいつ、と主人はにが笑いしたが、すぐに注文してくれた。
「わしはでかいのは興味ないから、おまえが世話するんだぞ」
翌日、元ボディガードの大型犬クレイグが連れてこられた。おれは打たれた。
何もかもワンサイズ大きい。上背があり、肩逞しく、胸厚く、腰も切り株のように太い。しかも、役者にしたいような美男なのだ。
「クレイグ。ぼくはイヴォン。きみの主人だ」
どうみても犬のおれを見て、やつはショックを受けた。聞かされていなかったらしい。
「そういうことだ。ケツをあげろ」
クレイグが来て、おれは毎日有頂天だった。
クレイグの大きい尻肉をつかみ、飛ぶように腰をふりたてていると、天に向かって雄叫びをあげたくなる。
すげえぜ。これ以上のハイはねえ。かあちゃん、男に生んでくれてありがとう!
クレイグの憂い顔にもそそられた。同じ犬に、しかも柄も小さい、年下の男に辱められ、クレイグは混乱に黙って耐えていた。情けないだろうに、唇をかみ締めてものを言わない。
おれはいよいよいい気になった。
「散歩だ。クレイグ。クソの袋を持って来い」
だが、クレイグはしずかに反抗しはじめた。飯を食わなくなったのだ。
クレイグの歩行がふらつき出して、おれはようやく事態に気づいた。喰うには喰うが、あとで吐くのだ。叱っても罰してもハンストをやめない。
おれはあわてた。性奴は欲しいが、虐待が好きというわけではないのだ。
ある時、クレイグがキッチンに捨ててあったものをわざと漁った。当然、食中毒を起こし、彼はポルタ・アルブスに運ばれた。
おれはご主人様ごっこをやめて訴えた。
「クレイグ、何やってんだよ。おまえ、死ぬ気か。そんなにイヤなのか」
クレイグは点滴を刺したまま、憮然とそっぽを向いていたが、やがてぽつりと、
「痩せたいんだ」
と言った。
おれは目をしばたいた。彼の横顔は恨めしげだった。
「きみはいいよ。スリムで、女みたいにきれいでさ」
クレイグは言いながら、唇を震わせた。
「ご主人様に可愛がられて。おれはみっともなくて、でかい。おれだってご主人様に――」
おれはぽかんと口をあいた。
クレイグは洟をすすった。省みられない者の無念が、目のふちに光っていた。
(こいつ――)
クレイグは主人とやりたかったのだ。老け専だったのだ。
「だけどな。いくら痩せたって――」
つい口にすると、クレイグは泣き出した。
「どうせおれはブスだよ。デカすぎるよ! でも、やっと願いが叶ったと思ったんだよ。前の男は若くて骨ばっててでいやだった。今度、年上のむっちりしたアラブ人って聞いて、ついに夢がかなったと思ったんだよ!」
あっちにいけ、とシーツをかぶって泣く。
大の男がシーツをかぶって、オイオイ泣いているのを見ると、さすがに腰の力が抜けた。
おれは言った。
「わかった。もう無茶なダイエットはするな。一度だけ願いをかなえてやるから」