TSUBASA Title

□あの子が欲しい
1ページ/1ページ

あの子が欲しい







 インフィニティ。
 血を飲ませようと黒鋼がファイの部屋を訪れてみれば、彼は室内に置かれた鏡に縋る様に夢中でキスを降らせていた。
 黒鋼が部屋にはいっても終わらないその光景は、目を犯す毒。神聖で滑稽な儀式。
 見せ付けるように繰り返される親愛のキスに、鏡は頬を染めることもなく、淡々と、キスの嵐を返し続ける。
 いい加減止めてやるべきか。しかし、それは先に却下された。

「黒鋼、なにしてるの。この悪趣味。覗き魔。変態。邪魔だよ。出て行ってよ」
「血を」
「今はいい」
「何してる」
「愛してる」
「は?」
「オレが愛したオレを、愛して、探してる。最近ずっと見当たらない。どこかにいってしまった」
「そいつならオレの目の前で自己愛に勤しんでるようだが」
「どこにいるって?」
「鏡に」
「君たちがいじめるから、どこかにいってしまった」
「、」
「可哀想に」
「お前が?」
「オレが傍にいたらもっとちゃんと愛したのに」

 鏡への口付けは終わらない。

「かわいそうに、この抉れた目はきっと涙に痛むだろう。この舌は嘘で渇いてる。この鼻は血の匂いに犯される」
「誰だ、お前」
「君たちは可哀想だね」
「お前、誰だ、おい」

 鏡に映った自分を自分と認識しないその目の前の狂気。
 知能のある動物なら、自分の虚像を他人だとは認識しないだろうに。
 人間の彼は鏡映認知を拒否して、鏡の中に自分を探す。

「出て行ってよ。二人だけにしてくれない」
「帰って来い」
「君たちにはもう見せない。君らはこの子を酷く傷つけるから」
「それでも」
「オレたちは一人でいても二人と同じ。あの三つ葉の子もそうだった」
「一人でいるな」
「それでも幸せ」
「お前が壊れる」
「それで幸せ」

 その神聖な遊戯は、病的なほど美しく、穢れていて、氷のように、温かかい。
 朝も夜も時間を問わず、気づけば始まっているその光景は、静かに二人を壊していく。

「あの子はどこ」
「オレは、」
「欲しいのに」
「お前が、」
「見つからないよ」
「お前と、」
「代わりに愛してあげようか」
「愛しあわなければならない理由がわからない」
「君でもいいよ、フリだけならね」
「願い下げだ」
「こちらこそ」

 鏡の中にいるキス魔が、少しだけ幸せそうに見えた。
 








end

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ