TSUBASA Title

□生きる条件
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生きる条件





次元移動で降りた先は遺跡だった。
風化した廃墟だらけで人の気配はなく、どれだけ歩き回っても誰とも遭遇しない。
それでも羽根があるとモコナがいい張るので、探索を始めて、早一週間。

「みんなーご飯だよーう」

ファイの声に集まった三人と一匹が、いつものように賑やかに食事をはじめる。

「とってもおいしいです!」

サクラが幸せそうに笑うと、小狼も頷いた。

「それはよかったー作ったかいがあるよー」

うれしそうに答えるファイの手には、ファイのための皿がない。

「あれ?ファイさんは食べないんですか?」
「んー。なんかおなかすかないんだよねー」
「でも昨日も一昨日も食べてるとこみてないですけど」
「味見しすぎなのかなー。あはは」
「本当ですか?具合悪いとかじゃないですか?」
「うん。おなかすいたら適当に作るから大丈夫ー。顔色もいいでしょー?」

へらり、と笑うと、サクラも小狼も、それもそうかと納得して残りの夕飯を食べ始めた。

それでもモコナだけが心配そうにファイをちらちら見つめる。
さらにその様子を黙って黒鋼が見ていた。




「おい」

年少組みが寝静まったあと、焚き火の前で読書をするファイに話しかけたのは黒鋼。
こういう顔をしている時の黒鋼が厄介なのは、旅に出てそれほど立たずにわかったことだ。

(今度はなにかなー)

面倒ながらも、自分を問い詰める黒鋼をはぐらかして遊んでしまおうか、という歪んだ期待が胸に湧く。
そして、なぁにー、と間延びした声で返してやる。
黒鋼の射抜くような眼差しに対抗する、『真面目に聞く気はありませんよ』の返事だ。

「お前、食ってないな」
「えー?」
「ここの世界にきてから、食ってないだろ。飯」
「そんなことないよーぅ」
「白饅頭に聞いた。あいつの中に貯蔵してある保存食の量はもって二週間らしいな」
「んー」
「自分の食い扶持減らして、俺たちに食わせてるんだろうが」
「誤解だよー。オレそこまで遠慮がたい性格じゃないんですけどー」

一瞬、ヴァレリアの谷での生活が脳裏を掠めた。
何年も飲食なんてしてなかった、あの、人ならざる生活の。

「オレ、君たちと身体のつくり、違うしねー」
「…?燃費がいい、ってことか?」
「そんなよーなもんかなー。ほら、次元の魔女さんいるじゃない。あの人だって100年くらい飲み食いしなくても生きてると思うよー」
「なんだそりゃ。化けもんじゃねぇか」
「そうだよ」
「…冗談だろ?」
「そうかも」

一瞬傷ついて、そんな感情に気づかなかったふりをする。
大丈夫大丈夫。いまさらなこと。
冗談にして笑えば舌が渇いていることに気づいた。
二枚の舌の真実の一枚が、カラカラとひび割れそうに渇いている。

「…お前は人間だろ」
「化け物だよ」

ちょっと意地悪かったかな、と反省したのは、黒鋼の眉間の皺のせいではない。

「あ、ごめん、なんか傷つけちゃったみたいだねー」

その悲しそうな、深紅の瞳が。
ちっぽけな虫を誤って握りつぶしてしまったような懺悔を映した瞳が。

(ああ、もう)

水がなくても、
食べ物がなくても、
愛がなくても、
生きていける。
死なない。
死ねない。
それだけ強い魔力を宿している身体なのに。
どうしてこんなに渇くんだろう。

「なんでオレ、黒りーのこといじめちゃうんだろー」

渇いて、渇いて。餓える。
この瞳が、渇かせる。

「ごめんね、ごめん」

お前なんか、嫌いだよ、黒鋼。









end

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