TSUBASA Novel 2
□幻影桜
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「ファイが」
「どうした」
「サクラを見に行きたいって」
「めんどい」
「でも行きたいって」
「そうかよ」
立ち上がって手を差し出すと、細い指が指を掴んだ。
そのまま引き上げて立ち上がらせると、物も言わずに部屋を出る。こいつは黙ってついてくる。
無言のままたどり着いた桜の大木に花はない。変わりに積もる冷たい花びら。白。
「綺麗だね」
「そうか?」
「黒様の頭にも積もってる」
「冷てぇ」
「あはは」
こいつはもう何も理解していない。時折そう思うことがある。
記憶も、時間も、温度も、過去も未来も現在でさえ狂わせて。
見たいものしか見えず、聞きたい言葉しか聞こえず。
ただ願ったままの世界が見えているんじゃないのか。
(桜が見たいと言っていた)
枝に圧し掛かる雪すら淡い薄紅の花びらに見えているのだとしたら。
(ファイが、見たいと言っていた、と)
死んだ双子と生きている夢を見続けているとしたら。
(それはそれで救いだろうが)
お前が狂ってよかった。
俺は多分それが嬉しい。
end