TSUBASA Novel 2

□たとえ羽根が千切れても
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「往生際の悪ぃヤツだなテメェも」

 羽根を千切られた蝶々のように、くったりとひれ伏したファイを一目見て軽く嘆息する。
 怒鳴る気力もとうに失せ、呆れを通り越していっそ無関心になりつつある自分を、黒鋼は最近自覚した。
 あれだけ生かしたいと思っていたこの男が、今はただ目障りだと思うのに、なかなか手放せないのは単に意地なのかもしれない。

「毎度毎度、よくもまぁ憔悴できるもんだ」

 ファイは身じろぎもせずに倒れこんでいるくせに、たまにへにゃへにゃと楽しげに微笑っている。
 何か楽しい夢を見ているのだろう。
 本人が楽しんでいるようだから、放っておいてやってもいいかもしれない。
 しかし黒鋼は片腕でファイの胸倉を掴み、宙に持ち上げた。
 艶やかな白い着物の裾が畳に垂れ下がる様は、幽霊の標本かなにかのようだった。
 気に食わない。反射的にそう思った。

「おいコラ!目開けながら寝てんじゃねぇ!」

 されるがままだったファイが、今気づいたとでもいわんばかりにぱちり、と瞬く。
 一瞬眉をしかめたのは体勢が苦しかったのかもしれない。

「黒様ー」

 ぶらりと垂れ下がっていた細い腕を、黒鋼の首に回して抱きつく様は枝に縋るサナギのようだった。
 密着されてしまったので、仕方なく胸倉を掴んでいるのと反対の腕でそれを支える。
 抱きかかえるような格好になったのが無性に気恥ずかしい気がした。

「さくらちゃんはー?」
「…いねぇよ」
「どこにいったのー?」
「白饅頭も小僧もいねぇ」
「なんで……?」
「さあな」
「食べちゃったの?」
「しばくぞ!」
「黒様、なんで、」
「終わったからな」
「終わった?」
「ああ」
「黒様?」
「さあな」

 明けないはずだった、この長く深い夜。
 黒鋼がその腕と引き換えに夜を終わらせたときファイは自由を手に入れた。
 それでも消えることなく付きまとう悪夢に、いつしか心が壊れた。
 夢を忘れるために夢を見る彼は、時折見え隠れする現実と夢を渡りながら、ひっそりと迷子のように生きている。

「俺だけじゃ不満か」
「君だけでもいいよー」
「それならずっとここにいろよ」
「ここにいるよ」
「夢なんか見てねぇで」
「これは夢じゃない?」
「ああ」
「ファイもいる?」
「いねぇ」
「それならここは悪夢だよ」
「…俺だけでもいいんだろ」
「そんなの嘘に決まってるでしょ」
「うんざりする」
「呆れた?」
「それでも見捨てられない自分にうんざりする」
「黒たんやっさしー」
「もうお前いっそ記憶喪失にでもなっちまえ」
「なんでさー」
「一から俺好みに育てる」
「俺好み、ってどんなの?」
「お前みたいな」
「……」
「……」
「甘い黒様って気持ち悪い…」
「…我ながら鳥肌立っちまった」
「ふっ…ぷぷっ」
「テメェの笑い方も気色悪ぃよ」

 唇に降る優しいキス。
 黒鋼の腕に抱かれながら見る優しい嘘の夢。
 たまに降るキスが恋しくて、夢を見続けることができない。
 それが羽根の千切れた蝶の唯一の弱点。
 











end

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