TSUBASA Novel 2

□壊れていくね
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壊れていくね








 外は紅葉の嵐。死んだ葉が飾る鮮やかなバーミリオンの夕暮れ。

「どうしたのー?」

 問われたので舌打ちで返した。
 その手は問われた本人の血に濡れている。

「それ誰の血ー?」
「なんでもねェ」
「君のー?舐めてもいいー?」
「寄るんじゃねぇ鬱陶しい」

 目を細めて音もなく笑う白痴美の青年。
 変わらぬ過去に打ちのめされて、少しだけ狂っていることが彼の最後のプライドだ。

「誰かにやられたのー?」
「さあな」
「黒りーってさぁ、人のこと詮索するわりに自分のこといわないよねぇ」
「状況悪化すんのわかってるからな」
「変な黒っぴー」

 黒鋼の手に付着する血に舌を這わせる姿は、獲物を捕らえた猫のようで、黒鋼は目を背ける。
 彼はファイが血を啜る様を極力見ないようにしている。
 それがファイへの遠慮なのか、自分自身の痛みのためなのかは、本人にもわからなかった。 

「やっぱり君の血だったねー」

 へにゃりと安心したように笑う。
 どうして安心するのかはわからなかった。彼は少し狂っている。

「美味いか」
「ワサビよりはー」
「比較対照間違ってねぇか?」

 傷口の血をあらかた舐めとると、そのまま舌を傷口に深く添わせた。
 ぐりり、と舌を捩じ込むように差し入れられて、新しい赤が滲む。

「っ…なんだ、もっと欲しいのか」
「…欲しい」
「血だけでいいのか」
「君が欲しいよ……疼いて、ねぇ」

 傷口を広げながら求められれば悪い気はしない。
 狂わせても、狂っていても。

「壊れちまいそうだ、お前はいつも」

 細い肢体を抱きながら脳裏によぎるのはいつも崩壊した精神の行方についてだ。
 ゆっくりと削り取られる理性と知性に怯えているのはどちらなのか。

「壊されるよりは、勝手に壊れるほうがいいな」
「お前昔は逆のこと言ってなかったか?」
「今は幸せだからさ」

 水滴に穿たれて窪む石のように、ゆっくりと壊れていくことを望んだ。











end 

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