TSUBASA Novel 2

□顛末事
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 月明かりに誘われて猫が寝床を抜け出ていった。
 光の落ちぬ嘆きの森、奥へ奥へと愛しい人を探しに彷徨う。

(いない)

 赤を纏う裸足の足。蜘蛛の巣を引っ掛けた金の髪。死人の羽織るような白寝間着。

(探さなきゃ…)

 井戸水に映る月。喧しい虫の音。ざわつく風の痕。
 
(あの人を、探さなきゃ)

 踏みしめた草、小石に抉られる足、伝うのは、赤。

(あの人、を、)







 立て付けの悪いドアのように軋む身体、朝食代わりに頬を焼く朝日、やせこけた頬に落ちる影。

「……どこ、ここ」
「お前の部屋だろ」
「――っ!黒様ーっ!」

 耳に聞こえた声は探していた人のそれで、猫は途端に覚醒して嬉しそうに飛びつく。
 その足には丁寧に包帯が巻かれている。

「…寂しかったか」
「うん」
「昨日は任務があるからと言ってただろうが」
「知ってる」
「何故家から出た」
「そんなこと忘れた」

 猫は笑ってキスをねだる。
 だってそんなことはどうでもいいことだ。
 ニンム、は帰ってこれる保障なんてないのだから。
 猫は独りになるかもしれないのだから。

「おかえり黒様」

 帰ってきてくれて、嬉しい。よかった。愛してる。
 その足には包帯が巻かれている。
 無心のまま結界の外に出て魔物に裂かれた傷痕は、全治3ヶ月。顛末事だ。

「待たせたな」

 猫は幸福に身をゆだねる。
 足の痛みを感じることなどないままに。











end

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