TSUBASA Novel 1

□指針
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 その数十分後、屋敷内の反対側を捜索していた小狼と合流した。
 小狼は血塗れのファイにひどく驚いていたようだが、見つかったことに安心したようでもあった。

「ファイさんはここにいる『アシュラ』と戦った可能性があると…?」
「断言はできねぇ。だが、追いかけて殺さなければいけないと言っていたからな。好きだから、とも」
「それは…すごく矛盾してます」
「だがそう言ってたんだからしょうがねぇだろ」
「様子がおかしいというのは、具体的にどういう?」
「正気じゃねぇ。少なくとも普段のこいつじゃねぇ」
「…アシュラの噂は、ドラッグにまつわるものが多いです。もしかしたらなにか投与されたとか…」
「さあな。…そういや動きがえらく早かった。元々戦闘センスのあるやつだが、…人間離れしていたな」

 自分で言って傷を抉った。
 人間離れ、とはよく言ったものだ。
 そうさせたのは他の誰でもない、自分自身だというのに。
 小狼はその失言に気づいただろうが、聡明な彼は知らないふりをしているようだった。

「どうしますか?直に目を覚まします」
「この状態で姫の前にはつれていけねぇだろ。こいつはここに捨てていく」
「それは…この旅から外すということですか?」
「場合によっちゃそうなるってとこだ。あの白饅頭が次の世界を示したら、そんときこいつが正気に戻らなければ置いていく」
「………」

 反論しようとして、思いとどまったのは、他に良案が思い浮かばないからだった。
 姫は反対するだろうが、黒鋼にすら攻撃をしかけてきたという今のファイの状態を聞く限り、とてもこのままでは一緒に旅をすることは難しいだろうと思われた。
 感情で反発したところで、自体が好転するわけではない。
 わかっているからこそ、黒鋼もこんなに淡々と事実だけを述べるのだ。
 それが苦しくても、苦しいと悟らせることもできない。
 彼は大人で、自分も今はそうであるべきだった。

「正気に戻すために…必要な情報を集めます。羽が見つかれば世界を移動してしまう。羽根のことはとりあえず後にしましょう。姫には俺から説明します」
「ああ」
「あなたはどうしますか?」
「こいつに気づかれないように尾行する。こいつがアシュラにたどり着けば、正気に戻す方法も聞きだせるかもしれねぇしな」
「わかりました。…気をつけて」
「ああ」

 ソファで眠るファイを視界から遠ざけるように部屋を出て、小狼は心臓を押さえながら溜息を零した。
 静かに息を吐きながら、喉元まで込み上げてくる焦燥を消失させる。
 黒鋼の痛みに比べたら、あとから説明だけ聞いた自分の痛みなどなんでもないことだ。
 そう思い込むことで、安定を取り戻せる気がした。










end

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