TSUBASA Novel 1
□夢の温もり
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夢の温もり
四散した輪郭を取り戻すかのように空気を捻じ曲げてそこに現れたのが、名前を呼んだその人だったことに、ファイは安堵した。
抱き締め返した腕が離れないように、強く強くその身体を引き寄せると、アシュラ王は困った子だね、とでも言うように苦笑いしながらも優しく髪を撫でてくれた。
ファイは王を水底に封印して以来、夢の中ですらそんな甘えを自分に許さなかった。
今だって心の隅ではこんな風にアシュラに甘える自分を許せない。
けれど縋ってしまった。
それほどに、今のファイは弱っていたのかもしれない。
(抱き締めてもらう権利なんか、オレにはないのに)
どんなに嘘を重ねても、どんなに心を凍てつかせても、忘れられないのは痛みより温かさの記憶で。
自分の願いを確固たるものにしようとすればするほど、それは痛みになる。
それをわかっていながら、いつも止めることのできない。
貪欲なまでに温もりを欲して、そんな自分を嫌悪しながら、それでも。
(アシュラ王…貴方だけが、ファイとは違う『特別』だった)
この想いを忘れていたわけじゃない。忘れられるわけもない。
それでもこの王の存在を、この王との思い出を、意識的に切り捨てようとしていた自分を知っている。
強すぎる思慕に恐れすら抱きながら、それでも逃げる者と追う者という繋がりを断ち切れぬまま。
「辛いことがあったんだね」
何もかも知っている、この王は時々そんな雰囲気を纏う。
夢見の力がどこまで正確で、どこまで先を知られるのかはわからないけれど、王には確かにその力があった。
「君の願いは変わらないのかな」
優しい声音に、ファイは頷いた。
けれどそれだけではなくなっていることを伝えられなくて口を噤む。
(ファイは生き返らせる、それは決して変わらない)
そのためのプロセスを、旅の前に覚悟していた裏切りを、ほんの少し歪めたいだけ。
サクラと小狼を守り、黒鋼を殺すことなく、旅を終えられたら、と。
飛王がそれを許すかはわからない。
それに飛王が約束を守るかどうかもわからない。
その願いを叶えるには、まだ与えられているピースが少なすぎる。
この旅が終わる前に、なんとしてもそれを探し出さなければならない。
「君は何もかも大切に想いすぎるから、私は少し心配だよ」
いつか同じことを、サクラが言っていた。
ファイは何も聞こえないふりをして、ただ夢が終わるまでその身体に縋り続けた。
end