TSUBASA Novel 1
□崩壊へ続く道
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崩壊へ続く道
俺の一切を拒絶するその瞳が。
言葉の一言一言に潜む虚言が。
鬱蒼とした闇を引き寄せてあいつを蝕む。
目の前で死刑を待つ罪人のように頭を垂れている、こんなにも脆弱な生き物を、俺は知らない。
「黒鋼…!」
甲高い声にはっとして、殺人現場を隠すように振り向く。白饅頭が泣きそうな顔をしている。
「なんだ」
「ファイを…また……」
俺は何も言わなかった。
近頃はいつもそうだ。どいつもこいつも、俺すらも。何も言わない。言えない。
「どうしてこんなことするの…?ファイがなにをしたっていうの…?」
涙声で問われても答えることができない。
俺自身こんなことを…気絶するまで殴り飛ばすような真似をしたいわけではなかった。
あの瞳がどこまでも俺を拒絶するのに苛ついて、反射的に拳が動いた。
そして気づいてみたらこうなっていた。それだけのことだ。
白饅頭が壁際で気絶している魔術師に、飛び跳ねて近づいていく。
「それに触れるんじゃねぇ」
怒鳴らないよう喉元で押さえ込んだ声に、白饅頭がびくりと動きを止める。怯えている。先刻の魔術師のように。
「――それは俺のものだ」
告白というには脅迫じみた、この薄暗い想いはなんなのだろう。
こんな結論のために、これを生かしたわけではなかったはずなのに。
結局は崩壊を待つだけのこの関係は、何故。
「それならもっと大事にして……ファイ、壊れちゃうよ……」
言われなくてもわかっている。そんなことは、だが。
「もう遅ぇんだよ」
もう壊れてしまったことを知っている。俺が壊したこと。
これまでは、『逃げ続ける』なんて後ろ向きな願いのために、何度も死にそうな目にあってさえ、こいつは笑っていた。
こいつは確かに強かった。
少なくとも戦闘力だけではない、強さがあった。
その強さの源がなんなのか、俺は知らない。
こいつも語る気はないだろうが、その一部は姫や小僧を守るという目的のためだったことは確かだ。
それなのに。
東京で死なせてほしいと言ったこいつは、その言葉を起爆剤にしたかのように、生きながらえてなお死を願い続けた。
血を飲まなければ生きられないと知っていて、それを自ら求めない。
目の前で血を流して見せれば抵抗もせずそれに舌を這わせるくせに、ほうっておけばそのまま何日でも摂取せずにぶっ倒れる。
その繰り返しだった。
自ら生きる意志をなくし、それでも姫を守らなければ、と息巻いて、何がしたいのかさっぱりわからない。
その先に何があるというのだろう。
あのいなくなった小僧に成り代わるかのように、姫を守ることだけを目的にして。
いつか消えるつもりなのか。
「そいつ見てると胸糞悪ぃんだよ…」
俺は気絶した魔術師も、その半径1mのところでうなだれている白饅頭も放って、部屋を出た。
おそらく俺が姿を消せば、白饅頭が小僧を連れてくるだろう。
そうすればあの小僧のことだ、当然あの冷たい床から魔術師を引き剥がしてやるはず。
清潔なシーツの上で見る夢は、少なくとも床の上よりマシなものだろう。
(本来なら俺はもう、あいつを手放すべきなのかもしれねぇがな…)
優しくしたいと思うのに、あの瞳が、声が、何かのスイッチのように俺を暴走させる。
責任転嫁甚だしいことはわかっている。解っているのに何もかもうまくいかない。
生かしたいと願ったこの想いが、あいつの首を締め上げる。
あの柔らかい髪を撫でたいと思った指が、引きちぎる勢いで髪に掴みかかる。
抱きしめようと思った腕が、あいつの華奢な身体を殴り飛ばす。
俺の血がなければ生きられないあいつが、俺から離れて生きられないあいつが、可哀想で仕方がない。
誰かに対して同情するなんて、今までになかったことだった。
それほどに酷いことを、俺はしている。
(血が必要なくなったら、あいつは俺から逃げるんだろうが……)
容易にたどり着く結論。それに恐怖する。
そして俺はあいつを支配するために、また掴みかかるんだろう。
逃げる気も起きないくらい、徹底的に心すら支配してやれば、そうすればあいつはいつまでも俺の傍にいてくれるのだろうか。
笑顔を失ったままで。
end