ロイエド小説
□忍び寄る影
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蒸し暑い日が続いたある日のこと
その日、ロイは朝から頭が痛く気分も悪かった
正直休んでしまいたかったが、大佐という立場、それにただでさえ大量の仕事を抱えている部下にこれ以上仕事を増やしてはいけないと、仕方なく重い身体を引きずって東方司令部へ向かったのだった
「少し早く着きすぎたな」
そう呟きながら自分の机に歩きかけたその時―――‥
「…ぐっ」
突然激しい頭痛と目眩がロイを襲った
思わず前に倒れそうになる身体を必死でこらえながら、隣の仮眠室のソファーへ横になった
先程よりは少し落ち着いたものの、ロイは今だに襲ってくる頭痛と目眩に顔を歪めた
原因を考えたが心当たりもなく結局“ここのところの暑さと疲労で参っているんだろう”と結論づけた
10時になっても起きてこない自分達の上司に半ば呆れながら、有能な部下達は山積みになっている仕事を黙々とこなしていた
いい加減痺れを切らしたのか、リザが仮眠室の扉を叩く
「大佐、失礼します」
中ではソファーに横になって眠るロイの姿があり、リザは側に寄り声を掛けた
「大佐、起きてください、そろそろ仕事をして頂かないと困ります」
リザの声にロイが目を覚ます
「ん…ああ、おはよう」
「どこか具合でも悪いのですか?」
リザの問いにロイは心配をかけないように平然と答えた
「いや、少し早く着きすぎてしまったのでね、横になっていたら眠ってしまったみたいだ…すまなかったな」
リザはいえ、と一言返事をして部屋から出ていった
「やあ、おはよう。すっかり寝坊してしまったみたいだ、すまなかったね」
わざとらしく爽やかに言ってやれば、途端に皆の冷たい目と、この忙しいのにいい加減にしてくださいよーと言うハボックの声
それに苦笑しながら席に着くと書類に目を通し始める
しかし、時々視界がぼやけ思うように進まない
力を抜けば倒れてしまいそうになる身体を気力で持たせ仕事をしていたが、段々と酷くなる頭痛と目眩に流石に耐えられなくなったのかロイはペンを置いた
「すまないが、少し疲れているので仮眠室で休む、今日中のものは片付けたが何かあったら起こしてくれ」
そう言ってふらつく足取りで仮眠室へ行くロイをリザが支える
「ああ、ありがとう」
「大佐、大丈夫ですか?病院に行かれた方がよろしいのでは?」
「いや、大丈夫だ。少し頭が痛くてね…疲れているんだろう、最近は暑いからなゞ」
リザはロイの上着を脱がせてソファーに横にならせると、水と薬を用意した
「水と薬です、何かあったら呼んでください」
「ありがとう」
良く気がつくリザに感謝しながら、ロイは薬を飲んで再び横になった
あれほどあった書類の山も夜8時を過ぎた頃にはほとんど片付いており、ハボック達は帰り支度を始めた
「大佐、大丈夫ですかね」
「後は私が見ておくわ、皆は帰っていいわよ」
リザの言葉に皆は口々にお疲れ様でしたと言って帰っていく
リザも帰ろうとロイの眠っている仮眠室へ入る
元々目が覚めていたのか、リザが入って来たので目が覚めたのかは分からないが、リザが側まで来るとロイは身体を起こしソファーにもたれた
「お身体の具合はどうですか?」
リザの問い掛けにロイは大丈夫だ、と短く答える
「そうですか、では私はお先に失礼します」
早めに病院に行って診てもらって下さいね、と心配そうに言うリザにロイは「ああ、近いうちに行くよ」と微笑む
その顔に何故か一抹の不安を覚えるリザだったが、そのまま静かに頭を下げ扉を閉めた
一人になったロイは今までの事を思い起こす
軍人になった日の事…
イシュヴァール戦の事…
そこで死んでいった多くの仲間達の事…
上を目指すという自分に着いて来てくれた部下の事…
自分の支えになると言いながら自分を置いて死んでしまったかけがえのない友の事…
そして、会えばいつも喧嘩ばかりだったけど何処か放っておけないエドワードの事――‥
ロイは何故か急にエドワードに会いたくなった
彼等は今ちょうどこっちに帰って来ており、近くの宿で泊まっているはずだ
ロイはその宿泊先に電話を掛けた
ロイが電話を掛けると明らかに不機嫌そうにもしもし、と言う声が返ってきて思わず苦笑してしまった
「やぁ鋼の、元気かい?」
「何の用だよ」
「実は頼みがあるんだ…今すぐ司令部まで来てくれないか?」
ロイの突然の言葉にエドワードは驚く
「はぁ!?今すぐって何時だと思ってんだよ、明日でいいだろ?」
「ダメだ、今すぐにだ」
「チッ…命令かよ」
「ああ、そうだ」
その言い方に少し寂しそうにロイは答える
「分かりましたよ、大佐殿!」
そう言ってエドワードはガシャンと電話を切った
エドワードが司令部に着いた頃には9時近くなっており人もまばらだ
司令室に入ると、電気は着いていて荷物はあるのだが、肝心の本人が居ない
「ったく大佐のヤロー、人を呼び出しておいて何処に行ったんだよ」
ブツブツ文句を言いながら仮眠室のドアを開けると、薄暗い部屋で月明かりに照らされたロイが窓の外を眺めながら座っていた
その姿に一瞬見とれていたエドワードだったがロイの言葉に我に返る
「やあ鋼の…こんな時間に呼び出して済まなかったな」
「何の用だよ」
刺のある言い方にロイは悲しそうに呟く
「鋼のは私が嫌いか?」
ロイの表情に気付かないエドワードは日頃の嫌味の仕返しだと言わんばかりに答える
「ああ嫌いだね、いつも透かした面して嫌味ばっかで女ったらし、何かと言えばバラすと脅してこき使いやがって、アンタなんか大嫌いだね!」
そこまで言ったところでしまった、言い過ぎたと後悔した
実際、エドワードは口で言う程ロイの事を嫌ってもいなかったし、今まで面倒を見たり助けてくれたことに感謝もしている
それにこんな事を言ったらロイの事だ、後で何を言われるか…
エドワードはそんな事を考えながら、後悔にとらわれていると意外にもそうか、と一言返ってきただけだった
そして傷付いた表情で「私は結構、君の事を気に入っていたのだがな」と呟いた
今までロイのそんな表情を見たことが無いエドワードは、ハッとして何かを言おうするが、それをロイが遮った
「エドワード、君に渡しておきたいものがある」
改まった言い方に身構えるエドワード
「まだ途中だが私が集めていた賢者の石とホムンクルスの情報だ、持っていくといい」
そう言って机の鍵を渡した
「あっ、ありがと」
なぜ急にそんな事を言うのか気になったエドワードだったが内容が内容だ、すぐに鍵を受け取り部屋を出ていった
その姿を見送ったロイの目は優しく微笑んでいた
資料をその場で暫く読んでいたエドワードは、細かく調べられているその内容に驚いた
エドワードはロイに礼を言うため仮眠室へ戻った
「大佐、サンキューな!大佐?なんだ寝てるのか」
ロイはソファーに横になって眠っていた
「よっぽど疲れてんだな…」
側まで行って寝ているロイに上着を掛けようとした手が止まった
ロイは
息をしていなかった――‥
「大佐?おい…嘘だろ…何かの冗談だよな?大佐?目開けろよ!大佐!!」
エドワードがどんなに呼んでもロイが再び目を開けることは無かった…
あの後…
エドワードが部屋を出ていくのを見送った後、ロイは突然頭の割れるような激しい痛みに襲われた
「ぐっ…うっ…ッ」
そして――‥
ソファーに倒れ込んだ…
最後に頭をよぎったのはあの兄弟のこと
いつの日か自分の体を取り戻し幸せになることを願いながら、ロイは静かに目を閉じた――‥
fin.