ロイエド小説
□なごり雪
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8時45分リゼンブール行き――‥
汽車を待つ君の横で、私は先程から時計ばかりを気にしていた
暦の上ではもう春だというのにホームには雪が降っている
まるで、二人の別れをなごり惜しむかのように…
彼らは1ヵ月程前、2度目の人体錬成に成功し、弟は身体を、彼は右手と左足を無事取り戻した
弟の方は身体の衰弱が激しく、療養も兼ねて一足先にリゼンブールへ帰っている
彼も軍に退役届けを出し、銀時計を返還した
今後は以前から声が掛かっていた、リゼンブール近くの街にある研究所に勤めるそうだ
もともと、元の身体に戻る為に軍の狗になったのだから目的が果たされた今、彼が軍に身を置く必要は無い
それは喜ばしいことなのだが、やはり居なくなるのというのは少々寂しい気もする
常にトラブルの中心にいる彼のおかげで何かと忙しくはあったが、彼の技術や頭の回転、度胸などは私の好むところであった
…いや、いつの間にか私は彼を好きになっていた――‥
別に女性に不自由している訳でも、ましてやそっちの趣味がある訳でもない
しかし、私は何故だか彼に惹かれていった
だが、私の気持ちを周囲にしられる訳にはいかない―もちろん本人にも
最も、彼はそちらの方面には鈍いから大丈夫だとは思うが…もしかしたら弟と中尉には気付かれていたかもしれんな、
別れの時間は刻一刻と迫っているのに、私も彼も黙ったまま時間だけが過ぎていった
列車がホームに入ってきたところで、彼が言いにくそうに私に大佐、と声を掛けてきた
「今まで…ありがと、な。あの時アンタがいてくれなかったら俺もアルも一生あのままだったと思う。俺らが元の身体に戻るのにも色々協力してくれて…。だから本当、アンタには感謝してる」
「ほう、まさか君の口からそんな殊勝な台詞を聞ける日が来るとはね、こりゃ今日は吹雪くかもしれんな、」
「なっ!人がせっかく真面目に…」
業とはぐらかすようにからかってやれば、案の定真っ赤になって怒りながら文句を言っている
「やはり君はそれくらい威勢のいいぐらいが丁度いいな、」
彼が感謝の気持ちを伝えたいのだろうということは分かっていたが、やはり私は普段の威勢の良い彼の方が好きみたいだ
カンカンカン――‥
列車が発車する合図を聞くと、彼は真っ直ぐ私を見つめじゃ、と短く別れの挨拶を告げて列車に乗り込もうとした
「エドワード!」
「!?」
私が名前で呼ぶと、彼は驚いたように振り返った
「達者でな」
「おう。大佐こそ、あんまサボって中尉怒らせんなよ!」
「君ね…」
今度こそ本当に列車に乗り込んだ彼の後ろ姿を、私は酷い喪失感を感じながら見つめていた
動き始めた汽車の窓に顔をつけて、君は何かを言おうとしている
けれど私はそれに気付かない振りをして下を向いていた
君の唇が“サヨウナラ”と動くことが怖かった――‥
時が過ぎ行けば、幼かった君も大人になるのだと私は気付いていなかったのだな…
皆が足早にホームを過ぎる中、私は彼が去ったホームに残り、落ちては溶ける雪を眺めていた
エドワード、君は本当に綺麗になった…
姿だけでなく心も、去年より、出会った頃よりずっと…ずっと綺麗になった
これからは戦いとは無縁の地で温かい家庭を作り幸せに暮らしてくれたら、と心から願うよ
だから私は君が笑って過ごせる日々を守るために戦おう
見ていたまえ、そう遠くないうちに私が大総統として、この国を治める日が来るだろうから――‥
fin.